トップページ > 文化・教育 > 文化 > 埼玉の偉人ホームページ > 埼玉ゆかりの偉人データベース > 北部地域 > 埼玉ゆかりの偉人/検索結果(詳細)/久米 逸淵
ページ番号:5794
掲載日:2023年4月17日
ここから本文です。
偉人氏名 |
久米 逸淵 |
---|---|
氏名よみがな |
くめ いつえん |
偉人氏名(別名) |
可布 |
別名よみがな |
かふ |
主な功績 |
俳諧宗匠・「すみれ塚集」ほか |
分野 |
文学 |
ゆかりの市町村名 |
本庄市(旧児玉町) |
出生地 |
本庄市(旧児玉町) |
主な居住地 |
東京都 |
生年(西暦)から 没年(西暦) |
1790から1861 |
生年(和暦)から 没年(和暦) |
寛政2年から文久元年 |
功績 |
俳諧宗匠。児玉村(現本庄市)の旧家久米家に生まれる。名前は久米清一郎・清右衛門。俳号は最初は可布。後に逸淵。若くして毛呂山の春秋庵川村碩布の弟子となり頭角を現す。師より春秋庵を譲られ、5世を継ぎ春秋庵可布と名乗る。上州高崎に出て開庵し業俳となり地盤を築く。天保9年に江戸へ出て木挽町に開庵し積極的に活動し、小林一茶や田川鳳郎等と交わる。安政3年に本庄に引退し、同5年には郷里児玉の八幡神社に念願の鉄製の芭蕉句碑を建立し、句集『すみれ塚集』を刊行した。晩年児玉村に帰り文久元年7月20日に死去。同所の玉蓮寺に葬られた。瓢箪や椿を愛し、瓢箪居・椿老人等と称した。 |
関連ホームページ |
--- |
著書・作品(出版社・収蔵館) |
『逸淵発句集』、『椿塚集』、『おらが春』序文(小林一茶) |
参考文献(著者・出版社) |
『俳人久米逸淵』(篠木弘明・群馬出版センター)、『久米逸淵小伝』(児玉町史編さん室・児玉町教育委員会) |
ゆかりの場所・名称 |
|
ゆかりの場所・住所 |
|
ゆかりの場所・説明 |
|
ゆかりの場所ホームページ |
--- |
お問い合わせ
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください