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ページ番号:5682
掲載日:2023年4月17日
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偉人氏名 |
今井 兼庭 |
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氏名よみがな |
いまい けんてい |
偉人氏名(別名) |
今井 官蔵(本名) |
別名よみがな |
いまい かんぞう |
主な功績 |
和算学者・「三斜容三円術」 |
分野 |
学術 |
ゆかりの市町村名 |
上里町 |
出生地 |
上里町 |
主な居住地 |
東京都 |
生年(西暦)から 没年(西暦) |
1718から1780 |
生年(和暦)から 没年(和暦) |
享保3年から安永9年 |
功績 |
江戸時代中期の暦算家。児玉郡金久保村(現上里町)出身。通称官蔵、赤城と号す。関流算学を幸田親盈に学び、一時前橋藩主酒井氏の臣となるが、その後江戸に出て幕府代官千種清右衛門の手代となった。後、江戸駿河台に塾を開き、算学を教えたと見られる。門人の中には著名な経世論者本多利明がいる。著書は70余種を数え、特に『円理綴術』は関孝和高弟建部賢弘の著書より進んでいると言う。刊行書に『明玄算法』『探玄算法』がある。兼定の算術では「三斜容三円術」(三角形の中に互いに外接する三円の直径を測る法)が著名。イタリーのマルファッティの1803年の解、関流の安島直円(1738から1798)よりも早いと言われる。享年63歳。法名信定院本来一無。江戸新鳥越理潟院に葬る。生没年享保2年から安永8年(1717から1779)説がある。 |
関連ホームページ |
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著書・作品(出版社・収蔵館) |
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参考文献(著者・出版社) |
『上里町史』、「郷土の和算」特別展展示概説 |
ゆかりの場所・名称 |
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ゆかりの場所・住所 |
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ゆかりの場所・説明 |
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