トップページ > 県政情報・統計 > 県概要 > 組織案内 > 企画財政部 > 企画財政部の地域機関 > 北部地域振興センター本庄事務所 > 地域の見どころ・情報 > カイコってなんだろう?! ~本庄・児玉地区の養蚕について紹介しています!~ > 児玉郡市ではなぜ、養蚕が発達したのか【その10】 -林さんのシルクエッセイ-
ページ番号:267848
掲載日:2025年5月13日
ここから本文です。
前回は、話が少し脇にそれたが高崎線の開通が養蚕や農村に与えた影響を紹介した。もう少し、鉄道と養蚕の話題を進めよう。
富岡製糸場の操業によって我が国に本格的な器械製糸の技術が導入されたことは、すでに述べた。明治から大正時代にかけ、この技術を模倣し各地に器械製糸工場が作られていく。しかし、埼玉県発祥の製糸会社で器械製糸を導入した会社は皆無である。例外として機械製糸を導入した企業では狭山、入間周辺に拠点を置いた石川組製糸だけであった。実のところ、県内の器械製糸場の多くが長野県、特に諏訪湖周辺に資本を置く製糸会社の支社という位置づけにあった。これらの工場の多くは、器械製糸場の稼働に不可欠な石炭や繭の搬入、さらに完成した生糸の出荷が容易な駅前に多く作られた。その最たるものに現在のさいたま新都心に作られた片倉工業株式会社大宮工場がある。当時の貨物ターミナルであった「大宮操車場」の目の前に工場が作られた。かつて片倉工業は、「東の片倉」とまでいわれた一大製糸会社(ちなみに西はグンゼであった)であり、中でも大宮工場は最大規模の製糸工場であった。
児玉郡市内ではどうだろうか。例えば、明治末から昭和にかけて本庄駅周辺では昭栄製糸やマルコウ製糸、橘館製糸場など、10社を超える製糸工場が乱立していた。また筆者のフィールドである上里町でも、やはりこの時期の神保原駅前に大和組神保原製糸場(写真1~3、設置当初は「神保館」と呼ばれた)が設立されている。大和組は、長野県の諏訪郡川岸村(現岡谷市)に拠点を置いた製糸会社であった。
神保原駅前にあった大和組神保原製糸場を知るためには、一先ず神保原駅の歴史を知らなければなるまい。神保原駅は明治30年に地元有志の働きかけによって設置された駅である。当初は神保原停車場と呼ばれていた。停車場設置のために作成された建白書によれば、当初、蚕の餌となる桑の苗やその肥料、繭等の運搬を目的に鉄道停車場の設置が進められ、その費用は地元住民の寄付によって賄われていた。
停車場の設置を推し進めた者の一人に阿佐美教平という人物がいる。阿佐美は、停車場設置の発起人の一人であり、停車場の開設後は近くで鉄道輸送を行う運送業を営んでいたという。詳しい経緯はよく分からないが彼は大和組の担当者とコネクションがあったらしい。
大和組の社史である『ヤマト百年回顧録』によれば、明治36年には武州児玉郡神保原村へ地元運送店主阿佐美恭平氏(原文ママ)の斡旋で土地を購入し、40人繰の工場を新築しこれを神保館と名付けたとあり、明治36年(1903)、阿佐美は停車場前に製糸場を誘致することに成功したことになる。停車場設置の5年後のことである。阿佐美と大和組の担当者はどこで知り合ったのか詳しいことは記録にない。二人が偶然、列車内で乗り合わせたとも、温泉宿で居合わせたとも聞いたことがあるが、本当のところはよくわからない。
写真1 昭和前半頃の大和組航空写真
工場は増改築や火災などによる再建が何度も行われており、この時点で設立時から姿を大きく変えている。
写真2 昭和初頭の神保原製糸場内部(あげ返し作業)
製造された糸をきれいに巻き直し、整える作業である。
写真3 昭和初頭の神保原製糸場内部(包装作業中)
しかしこれ以降、神保原駅周辺の様子がにわかに一変した。製糸工場が設置されると、工場と駅を結ぶトロッコが敷設された。これは現在も神保原駅のホーム脇に設けられている引き込み線と直結しており、安盛寺の脇を抜け、工場と繋がっていた。このトロッコによって製造された生糸は駅まで搬出され、貨物列車で横浜港に向け出荷された。また逆に駅からは鉄道で運ばれた石炭が乗せられ工場に搬入された。工場の機械を動かすボイラーの燃料とするためである。養蚕や製糸業が廃れた今、神保原製糸場はすでに無くなり、トロッコの線路も撤去されて久しい。しかし現在も駅前の安盛寺の墓地の脇には幅1mほどの小道が残されており、地元では「ヤマトのトロッコの跡」として伝えられている(写真4)。
写真4 現在のトロッコ線の跡
神保原郵便局脇。この小道を抜けると神保原駅の引き込み線と直結する。
【参考文献】
片倉信一『ヤマト百年回顧録』1972年
埼玉県史編さん室編『埼玉県史』通史編5 近代1 1988年
上里町史編集専門委員会『上里町史』通史編下巻1997年
お問い合わせ
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください