トップページ > 文化・教育 > 文化 > 文化財 > 埼玉県内の国・県指定等文化財 > 令和7年度に県指定となった文化財のご紹介
ここから本文です。
ページ番号:280519
掲載日:2026年4月20日
埼玉県教育委員会では、埼玉県文化財保護審議会の答申を受け、令和8年3月17日付で、県指定文化財の新規指定3件、追加指定1件、追加指定及び指定名称の変更1件等を行いました。このうち、新たに指定・追加指定となった文化財をご紹介します。
![]() |
![]() |
| 正面外観(満水時) | 正面外観(排水時) |
★基本情報
名称:永府門樋(えいふもんひ)
点数:1基
所在地:比企郡吉見町大字西吉見357番地
所有者:西吉見土地改良区
★こんな特徴があります
埼玉県では、明治20年代から大正にかけて、数多くの煉瓦造りの樋門が造られました。
明治34年(1901)に作られた永府門樋は、天神沼(てんじんぬま)から引水(いんすい)した水田の排水路が市野川用水路と合流する地点に築造された、煉瓦製の門樋(もんぴ)です。天端の下段は煉瓦の角(かど)を斜めに突出させた鋸状(のこぎりじょう)の装飾「角出(かどだ)し」など、アーチ形樋門に特徴的な華やかで精緻(せいち)な装飾が目を惹(ひ)く一方で、施工性に優れた桁型(けたがた)の構造を採用しており、石桁(いしげた)を用いた樋門の造形の規範といえるものです。
★ここがすごい!
装飾性の高い「アーチ型」から、実用性に優れた「桁型」へ移り変わる過渡期の煉瓦門樋であり、現在は水門としての機能は失われていますが、市野川と農業用水の交差点に築造され、長年にわたり近隣の水田の水源確保と逆流防止の役割を担い続けてきました。明治期の土木技術の発展過程と地域の水利史を伝えるものとして高く評価されています。
常時公開されており、柵の外側から見学可能です。
![]() |
![]() |
| 軒丸瓦 | 瓦塔・瓦堂 |
★基本情報
名称:西別府廃寺出土品(にしべっぷはいじしゅつどひん)
所在地:熊谷市千代329番地(江南文化財センター)
所有者:熊谷市
★こんな特徴があります
西別府廃寺は熊谷市西別府に所在し、「幡羅官衙(はらかんが)遺跡群」を構成する遺跡です。郡の役所に隣接する、古代寺院の活動を具体的に示す出土資料群として位置づけられています。
中でも、軒丸瓦(のきまるがわら)、軒平瓦(のきひらがわら)は8世紀初頭から9世紀前半にかけての県内の古代瓦の時代順を追うための基準となり得る資料として貴重です。そのほか、仏事で用いられたとみられる墨書土器(ぼくしょどき)や灯明皿(とうみょうざら)、瓦塔(がとう)・瓦堂(がどう)、寺院の造営と関係する金属加工関係遺物等もまとまって出土しています。
★ここがすごい!
254点にのぼる対象資料は、寺院の規模を示すものとして重要です。また、当時の寺院の建築的特徴や活動の実態を具体的に示す資料群と評価されます。
熊谷市の関係施設(熊谷市立図書館、江南文化財センター、別府公民館)で一部の資料が公開されています。
![]() |
![]() |
| 的射の様子 | 「ハナ」と呼ばれる供物 |
★基本情報
名称:木曽根の弓ぶち(きぞねのゆみぶち)
所在地:八潮市大字木曽根
保護団体:木曽根氷川神社弓ぶち保存会
★こんな特徴があります
成人の日に近い日曜日に実施される行事で、年始めにその年の吉凶を占う的射(まとい)、謡(うたい)をともなった直会(なおらい)といった、県内に多数分布するオビシャ行事の最も典型的な形式が受け継がれています。
*的射:的を立てて弓を射る神事。
*直会:神事の終了後、司祭者と氏子や神事に参加した者が、御神酒や供物を降ろして共同飲食すること。
的射で使う弓矢や的は、行事前日に保存会の会員が集まって製作します。そして、奉納供物(ほうのうくもつ)においても伝統が守られており、稲の花の姿を表した「ハナ」と呼ばれる供物は、本行事が稲作の予祝行事(よしゅくぎょうじ)であったことを示す貴重なものです。
*予祝行事:年頭や農作業開始前に、来るべき1年間の農作業や農業生活の行為をまねて行う儀礼のこと。主として、稲作の開始に先立って農事を円滑に行うための占いを伴う儀礼。
★ここがすごい!
県内各地で実施されているオビシャ行事は、一部手順を簡略化したり、取捨選択したりと様々な形で実施されていますが、「木曽根の弓ぶち」はオビシャ行事における典型的な要素を受け継いでいます。また、保存会は行事の継承に熱心で、「ハナ」に加え、蛤(はまぐり)や葱、大根といった奉納供物の伝統もよく守り伝えています。
![]() |
![]() |
| 明治2年(1869)分限帳 上 | 万治3年(1660)聞見集 |
★基本情報
名称:光西寺松井家文書(こうさいじまついけもんじょ)
点数:指定済 26点、追加指定 706点、追加指定後 732点
所有者住所(所在地):川越市小仙波町5丁目4番地7(寄託先:川越市立博物館、県立歴史と民俗の博物館)
所有者:宗教法人光西寺
★こんな特徴があります
川越市小仙波(こせんば)町の光西寺が所蔵する、旧川越藩主松井家(松井松平家)に伝来した史料群です。
鎌倉時代から江戸時代初期にかけての26点の資料は、すでに県指定有形文化財に指定されており、江戸時代から明治時代初期を中心とする706点が追加指定となりました。その内容は、川越藩の藩政と、松井家の「家」に関する文書が主で、藩の「分限帳(ぶげんちょう)」(家臣とその役職一覧)や「家」の由緒を記す家譜や系図等が残ります。
なかでも、万治3年(1660)に家老石川昌隆(正西・しょうさい)が、主君の命により生涯の見聞を書き留めて献上した「聞見集(ぶんけんしゅう)」は、戦国期から江戸時代初期の記録として貴重です。
★ここがすごい!
県内にまとまって残る大名文書は少なく、川越藩や本県の歴史を解明する上で貴重なものとして高く評価されています。
大部分が川越市立博物館に寄託されており、川越藩に関する展示等で活用されています。
![]() |
| 歯群化石 |
★基本情報
名称:旧川本町中新統産出(きゅうかわもとまちちゅうしんとうさんしゅつ)オトドゥス メガロドン歯群化石(しぐんかせき)
附(つけたり) 軟骨(なんこつ)・鱗化石(うろこかせき)一式
点数:指定済 7点、追加指定 66点、追加指定後 73点(個人から県に寄贈されたことに伴う指定の統合)
所在地:秩父郡長瀞町大字長瀞1417番地1(県立自然の博物館)
所有者:埼玉県
★こんな特徴があります
約2,800万年前から約180万年前にかけて世界中の海で繁栄した、大型の肉食性サメの歯群化石です。川本町(現 深谷市)菅沼の荒川河床(かしょう)に露出した、新生代新第三紀中新世(ちゅうしんせい)の地層で発見されました。これらの歯群は、1個体分を網羅するもので、学術上価値の高いものと評価されています。あわせて、近年、当該化石が含まれていた母岩(ぼがん)から軟骨及び多数の鱗化石(うろこかせき)が採取され、歯群化石と同じ個体に由来するものとして研究が進められています。これらの軟骨、鱗化石についても学術的価値が評価され、附として指定範囲に含めています。
★ここがすごい!
1個体分を網羅する歯群の発見は世界的にも類例が少なく、本資料によって初めて精度の高い顎(あご)と歯の復元が可能となりました。
埼玉県立自然の博物館の常設展示で公開されています。