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イベントレポート

移住セミナー「埼玉ではじめる農ある暮らし~農ある暮らし交流編~」を開催しました!

日時 2024年2月25日16時30分

場所 ふるさと回帰支援センター(東京都千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館8階)

チラシ

東京有楽町のふるさと回帰支援センターで、移住セミナー「埼玉ではじめる農ある暮らし~農ある暮らし交流編~」を開催しました。
このセミナーは、移住しての就農や地域支援など様々な形で農ある暮らしに関わっている方の取り組みを紹介するとともに、参加者にはゲストとの交流機会を提供することで、埼玉での農ある暮らしの推進を図る内容で実施しました。

第1部では、3人のゲストから移住等の体験談や活動取組を紹介しました。

八木氏

最初に、松伏町で父親が営んでいた米農家を継ぎ、現在「株式会社はちぼく」の代表である八木大輔さんから、脱サラをして米作りに携わることになった経緯や、取組んでいる活動について次のようにお話がありました。
【八木氏のお話の概要】
尊敬する祖父が機械を修理して販売する事業をしていた事や、元々機械いじりが好きだった事から工業高校に進学し、卒業後は製造会社に就職しましたが、長男が生まれたことをきっかけに松伏町に戻ることになりました。子供との時間を大事にしたい思いが強くなった事や、通勤に時間をかけたくない事もあり、同年に会社を辞め、翌年から米作りを始めました。長女も生まれ、子供達には自分の経験を日常の中でたくさん教えてきました。
その後、地元の人においしいお米を食べてもらいたい等の思いから、【米屋カフェはちぼく(現在は【おむすびやマルムス】)】を作り、今では店が地元の人達の交流の場となっています。
父親が亡くなり、この先ひとりでやっていけるか悩んだ末、人を雇う事で米作りを続ける決心をしました。数年後には会社を設立し、人を雇い耕地面積を広げました。2017年には30ヘクタールだった農地が、今では65ヘクタールまで広がりました。良い米作りを続けてきた結果、地主からの信用を得ることで、現在180名の地主から農地を借りることが出来ています。多くの地主との出会いは宝物と思い、信用されている事を誇りに感じています。
現在は、子供達を相手にした食育授業や、松伏町を知ってもらうためのイベントを開催したり、年末にはお世話になった方々にお歳暮代わりに餅つきのお餅を配る活動をしています。今後も新しい事に挑戦しながら、地域の人々の輪を広げる活動をしていくつもりです。
以上、八木氏からのお話でした。

今山氏

続いて、現在都内在住で週末だけ家族と秩父市に通う二拠点生活をしており、カフェ兼プライベートキャンプ場「KEiNA CHICHIBU」オーナーの今山実穂さんから、秩父での活動や二拠点生活のメリットとデメリットについて等について次のとおりお話がありました。
【今山氏のお話の概要】
実家が所有する耕作放棄地の土地問題と、自身がこれからどうやって生きて行こうかと考えるタイミングがコロナと重なり、2020年に脱サラし、大好きな秩父で耕作放棄地を有効活用しながら何かできないかと始めたのが【KEiNA CHICHIBU】となります。(KEiNA(けいな)は、秩父弁で「何々していかない?」という意味です。)
地元の秩父市田村地区は少子高齢化が進み、この50年間で人口が半減しており、農業振興地域であるため、その農地を有効活用して地域を活性化できるのではと考えビジネスを始めました。現在は、季節ごとの朝採れ野菜を使った料理や湧水で淹れた珈琲を提供するカフェと、自分達で野菜を収穫して料理が出来たり、秩父の大自然を満喫してもらえるキャンプ場を経営しています。
二拠点生活を決意した理由は、自分のやりたい事を好きな場所でやりたい気持ちがあるものの、夫の仕事や娘の学校等の問題もあり、完全移住ではなくまずはトライアル的に週末だけ秩父に通うことにしました。二拠点生活を始めて良かった点は、人生の幅が広がった、自然に囲まれ四季を実感できる、地元での友達が増えた、生活にメリハリが出来た、家族とのコミュニケーションが増えた等です。交通費等の出費や週末に子供を遊びに行かせてあげられないという問題はありますが、自分としては二拠点生活を「満足度100%」と感じています。
現在、農ある暮らしが彩り豊かな生活を与えてくれる経験をしてもらうため、収穫を初めとする農業イベントを年に4回開催しています。過去の参加者からは、「土を触って面白かった」とか「採れたての野菜の味がスーパー等で買うのとは全く違って感動した」という嬉しい感想をいただいています。
今後やっていきたい事として、農業を始めるのはハードルが高いので、「気軽に農業体験をしてみたい」とか「二拠点生活に興味がある」という人に対して、秩父市でも増えてきている不耕作地や空き家を利用したレンタル畑や体験型二拠点生活等を整備して、秩父市田村地区の農ある暮らしを体験できる入口にしたいと考えています。
カフェに来るお客さんの中にも二拠点生活をしている人は意外に多く、帰る理由や頻度、生活スタイルなどは様々ですが、皆自分に合った生活をしており、とても楽しそうにしているのが印象的であることから、「生活はもっと自由で良い」「ひとつの場所に居続けなければいけないと思い込む必要はない」「自分がどのような生活を望み、どのようにしたら実現できるのかと考えても良い」のだと改めて感じているところです。
以上、今山氏からのお話でした。

榎本氏

最後は、本庄市の古い商店街に移住し、「合同会社本庄デパートメント」を設立した会社代表の榎本千賀耶さんから、移住した経緯や現在の活動について次のとおりお話がありました。
【榎本氏のお話の概要】
移住のきっかけは、住宅メーカーで働いていた時に営業で担当した本庄市の商店街を気に入り、「いつかこの商店街で珈琲を入れたら文化が作れるのではないかという直感を持った」事と、自身が古い物を好む事から、古い町並みが残る本庄市に移住を決めました。勤めていた会社を辞め、都内のカフェバーで珈琲の淹れ方を学びながら、設計事務所で働き技術を磨くとともに人脈を作りました。実際に本庄市に移住するまでは、移住の決め手となる自身が思う「面白い人」と出会うまで熊谷に家を借り、二段階移住かつ二地域居住生活をしながら、本庄市の情報を集めていました。その後、「本庄暮らし会議」を主宰する機会があり、そこで知り合った人達が、現在の活動にも参加してくれる仲間となりました。仲間を得て移住する事になり、知り合いに紹介された築80年の5軒長屋をDIYして、夫と娘の3人で暮らしています。
現在、古い街並みに立つ築100年以上空き家を改装して活動拠点としています。改装はワークショップでたくさんの人を巻き込みながら、店を作る経験の共有・オープン時に一緒に喜べる状況を得るため、あえて日数をかけて完成させました。店はカフェとコワーキングスペースとなっています。カフェで提供する飲み物は、珈琲とクリームソーダのみで、クリームソーダに使用している無花果は、上里町の無農薬農家から仕入れて作っており、お客さんには生産者の名前や説明を添えて提供しています。無花果は柔らかくてデリケートな果物なので、出荷できずに収穫したほとんどがロスとなってしまうため、無花果を発酵させて使うクリームソーダやビール作りにも使用する自分達が、ロスになる無花果を買い取ることで少しでも農家に貢献出来ているのではないかと感じています。現在はいちご農家からあまりん(いちごの品種)を購入して発酵させており、間もなくいちごのクリームソーダが提供できる予定です。
カフェ以外では、1.〃やっていいことを増やしていく〃目的で、街中に私設公園「本庄銀座「GOODPARK」を設営。2.パーソナルジム「HOP-HUT」を作り、3人のトレーナーとプライベートジムを運営。3.車ではなく歩くことで気付く良さを感じて欲しいという思いから、毎月一回「商店街を歩くためのマーケット」を開催。マーケット開催時は出店者を公募しており、たくさんの農家が参加してくれますが、商店街の食堂が、マーケットで売られている野菜を高く評価して、出展者と既存店舗がその後の付き合いに発展することもあり、繋げるきっかけを作れた事もあります。
その他の活動として、主に建築設計士としての仕事や、街づくり関連の講演やセミナー講師、高校生プロジェクト「七高祭」に携わっています。また、商店街に店を持ちたいという相談者の対応等、活動は多岐に渡ります。今後も買い取った土地と建物を改装し、新たな店を立ち上げる予定です。
移住して四年、会社を立ち上げて二年半、多くの仲間に恵まれて、本庄銀座通りを中心としていくつかの拠点を持ちながら、『本気で商店街を遊び倒す』『自分が暮らすまちを、誰よりも遊び倒す』ということを本気で仕事にしています。
以上、榎本氏からのお話でした。

交流タイム

交流タイムでは、参加者からの質問に対してゲストから様々な回答や助言をいただきました。

移住後はビジネスとしてではなく自給自足のために農業を始めたいが、地域住民とのコミュニケーションの取り方等が難しいのではと心配する声に対しては、「地域農家と仲良くなり、野菜の育て方を教わるなどした方が良い」とか、「田舎は閉鎖的な所もあるので最初は大変と思うが、自分から挨拶や話し掛けを続けることで仲良くなり、一度仲良くなればとても良い付き合いに発展する」との助言をいただきました。
二拠点生活は交通費など出費がかさまないかという質問には、ネット等で安く買えるチケットを利用したり、物品については余分な物は買わないルールを作り、必要な物は100円均一で買う等の工夫をしているし、逆に野菜等は秩父から持ち帰るので食費は浮いている、との事でした。
また、生活環境を切り替えると決めた時の心境や、その時家族の反応はどうだったか等を各ゲストに質問したところ、米農家の八木氏は、会社員だった頃は怖いイメージしかなかった父親が、農業を始めてからはとても楽しそうに前向きになった事が、自身も脱サラして専業農家になろうと思った大きな要因であるとの事でした。カフェ兼キャンプ場経営の今山氏は、金銭面やリスク等について事前に家族でたくさん話し合い、二拠点生活を始めた当初はたまに面倒がっていた娘さんも、継続することで習慣化して、今では家族の日常となったとの事です。本庄市に移住し活動の幅を広げている榎本氏は、住む家も自分一人で決めたが、自由に動き回る自分を見守ってくれるご主人のおかげで問題なく活動できているとの事でした。