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掲載日:2020年2月13日

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明治女学校跡

明治女学校跡の説明板写真

明治女学校跡の説明板

番町文人通りの説明板写真

番町文人通りのプレート

荻野吟子は、明治18年(1885)に開業した自身の医院で診療に当たるかたわら、同22年から明治女学校の講師として生理・衛生科目を教え、校医も兼務しました。同25年には7年間続けた医院を休業して、舎監(寄宿舎の指導監督者)に就任します。

しかし、同27年にすべての職を辞め、夫・志方之善の理想郷建設に協力するために北海道に渡りました。

現在、当時の建物は残っていませんが、明治女学校跡の説明板が立っています。また、隣接するビルの壁面に設置された番町文人通りのプレートには、明治女学校で吟子が校医を務めたことが紹介されています。

所在地

東京都千代田区六番町3-1

アクセス

麹町駅5番出口から徒歩3分

文化財指定等

お問い合わせ

企画財政部 東京事務所  

郵便番号102-0093東京都千代田区平河町2-6-3 都道府県会館8階

ファックス:03-5212-9105

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