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掲載日:2026年10月13日

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訪問日
令和8年8月3日(月曜日)
訪問地域
県央地域(桶川市)
訪問先
昭和12年に熊谷陸軍飛行学校桶川分教場として開場し、戦後は公営住宅として平成19年まで使用されてきました。
平成21年、旧陸軍桶川飛行学校を語り継ぐ会から約1万4000筆の署名とともに建物等の保存を求める要望書が市に提出されたことなどが契機となり、外部の方を交えた市の検討委員会の提言を受け、跡地整備の基本計画が策定されました。
その後、平成28年に建物5棟が市の有形文化財に指定され、平成30年から令和2年にかけて建物の復原整備工事を実施し、令和2年8 月に開館しました。
平和を発信し、平和を尊重する社会の実現等に寄与する施設として、当時の教育や訓練、生活の様子についての展示や映像資料の上映等を行っています。
知事が施設を視察し、館長等市職員や当施設の保存活動に取り組まれた方との意見交換を行いました。

展示品の説明を受ける
これだけの大きな施設を残すのは大変なことだと思います。復原に至るまで、どのような思いで活動されていたのか、当時保存活動に取り組まれた臼田副会長(一般財団法人埼玉県遺族連合会)に教えていただきたいです。
建物を残すべきか、解体すべきかについて、様々な意見がありましたが、多くの方々の御協力と応援があり、復原することができました。
今は、戦争を知っている方は恐らく人口の1割を切っていると思います。私の思いは、戦争のない平和な社会、そして戦争とは何かをここを訪れた方々に、知っていただくことです。戦争があったために、命を落とさざるを得なかった。そうした多くの若者がいた事実を伝え続けたいと思います。
市長の思いはどうでしょうか。
建物の残し方については、いろいろなお考えの方がおり、解体し、顕彰碑を残すという御意見もありました。
しかし、知覧からも学芸員の方が来られ、もし、この施設を解体したままにするのであれば、解体した部材を知覧で引き取らせてほしいとまで言っていただきました。当時のまま、施設が残っている状況は、とても貴重なことです。この歴史的に貴重な建物を、何としても残そうという思いで、これまで取り組んできました。
多くの方々に来館していただき、歴史の事実に触れ、それぞれが平和について考えることができる、そういった施設にしていきたいと考えています。
こちらは開館されてどのくらいたちますか。
現在、開館6年目です。今年6月に、来館者数が累計6万人を超えました。
どういった方が一番多いですか。
昨年は戦後80年ということもあり、年間で1万5,000人を超える方々に足を運んでいただきました。開館当初は年配の方が多かったですが、最近では映画などを見たので来ましたという若い方の来館もあります。
どういった形でも良いので、自分の体験したことを語る場であってほしいし、それを聞く場であってほしい、また、それを伝える場であってほしいと思います。
昭和5年に都内で創業し、国産初の耐水研磨紙の生産を開始しました。昭和33年の桶川工場の完成後、生産拠点を同工場に移して研磨紙等の製造・販売を開始し、平成11年には本社所在地も同工場に移転しました。
自動車や電子部品など、幅広い業界に自社ブランド「FUJISTAR」など約3万品種の製品を提供しています。
「世界のモノづくりに貢献する」を企業ミッションに掲げ、中国にも生産拠点を構えるなどグローバルな展開を加速させており、グループ全体の海外売上高比率は約50%、輸出国数は約20か国に及びます。
知事が工場や施設を視察し、代表者や社員の方々との意見交換を行いました。

施設内で説明を受ける
イラン情勢の影響を踏まえて、どのような対応をされているのか、教えていただけますか。
ホルムズ海峡の影響によって入手困難となった製品については、同様のものを中国の子会社経由で輸入しています。国内調達しかできないものは、価格や原材料が高騰しているため、各メーカーに値上げのお願いをしています。今後は原材料の値上げを転嫁するだけではなく、新製品の開発や、より生産性を上げる製品の御紹介など、メーカーとともに代替の御提供を進めていきたいと考えています。
技術者など人材確保は切実な問題だと思いますが、どのような対策をされていますか。
地元の高校に紹介いただくなど、地元の学生で、ものづくりに興味のある方に是非来ていただきたく活動しています。ものづくりに興味のある若者が減ってきていますが、地元との関係を大事にしながら、若手の人材確保をしていきたいと思っています。また、当社は、海外でもいろいろな経験ができますので、そういった強みをアピールしていきたいと思います。
多様な製品を扱われており、それらの製造工程管理や在庫管理など大変かと思います。この辺りのIT化やDX化が効果のある業界に思えたのですが、いかがでしょうか。
製造業のDXは、当社が今後一番取り組むべきことであり、私も非常に興味を持っています。埼玉県ではメーカー、製造業も非常に多いと認識しており、意見交換の場や他業種で協議ができるとお互い助け合えると感じています。当社もここで製造業を続けていくためにDX化を進めたいと思っています。
埼玉県でお力になれると思いますので、御案内させていただきます。
昭和62年に北本市で株式会社東洋として創業し、令和6年にホールディングス体制に移行後、翌7年に本社を桶川市に移転しました。
主にクレーンゲーム専門店の運営管理を中心に宝石などのリユース事業も手掛け、SNSを活用した広報や集客、自社景品の企画開発等に注力しています。
フリーアドレスの採用やカフェスペースの設置など働きやすい職場づくりと、年間100日以上の研修を通じた人材育成に取り組んでいます。
令和8年2月、(一般社団法人)日本クレーンゲーム協会として、桶川市との間で子育て支援や青少年健全育成、高齢者、障害者支援等に関する包括連携協定を締結しました。
知事がオフィスや隣接する店内を視察し、代表者や社員の方々との意見交換を行いました。

店内で景品の説明を受ける
御家族の歴史を拝見すると、これまで多岐にわたる商売をされてきたと思いますが、この道を選ばれたきっかけを教えていただけますか。
元々は家電のディスカウントなど小売業を営んでいました。レジの横に設置した1台のクレーンゲームをきっかけに、同じ100円でも、物を売るよりクレーンゲームの方がお客様を笑顔にできることに気が付きました。それからは約30年間、クレーンゲーム専門店を経営しています。
クレーンゲームは設置場所を取るけれども、単価は安く、お子様だとやっていただくとしても、上限があるかと思います。その辺りはどのようにお考えでしょうか。
お客様に笑顔になって帰っていただきたい、そういった思いで経営をしています。
お子さんでも商品を取れるように、また長い時間遊べるように、10円や5円といったクレーンゲームを設置しています。
地元企業の商品を景品にするなど、地域の方々とつながりを持たれていることに感銘を受けました。こうした取組は中村代表のアイデアでしょうか。
私もですが、社員さんが結構アイデアをくれます。店舗近くの福祉施設のパン屋さんの商品がコロナのときに売れなくなってしまい、クレーンゲームの商品にしました。現在も施設から毎日出来立てのパンを届けてもらい、クレーンゲームの商品にすることで、お客様に喜んでいただいています。
宝石も扱われていますが、どのような発想でしょうか。
当社の東洋ルースには、宝石好きの方が通ってくださいますが、宝石に今まであまり興味がなかった方にも、クレーンゲームをきっかけに宝石を好きになっていただきたい、そういった思いがあります。
通常の商売とは違った独特の価値を作り上げられており、感心いたしました。引き続き、地域のこどもたちの笑顔商社として頑張っていただきたいと思います。