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石平裕一

掲載日:2022年4月27日

石平裕一

プロフィール

社会福祉法人昴 生活支援員

埼玉県障害者芸術文化活動支援センター(特色型)ART(s)さいほくの事務局職員。アトリエとギャラリー併設のまちこうばGROOVIN'にて障害のある人たちのアート活動支援を行っている。地域での作品展の企画など障害のある人たちのアートの魅力を発信している。

「表現するアーティストたちに魅入られて」

障害のある人たちのアートとの出会い

私は現在、障害のある人たちが日中に利用する福祉事業所のスタッフをしており、アート活動支援に関わっています。
私が障害のある人たちのアート活動や表現活動に取り組むきっかけになったのは、埼玉県の障害者アート企画展にも何度か展示されたことがある吉川健司さんの描く覆面レスラーのイラストが誕生した時だったと思います。10年くらい前のある日の昼休み、健司さんに小さなA6サイズの画用紙に覆面レスラーの顔を描いて欲しいとリクエストしたところ、描きあがってきたレスラーは、どこかとぼけており、とても味わい深い表情をしていました。そのなんともいえない表情に、”グッと来るもの”を感じてしまいました。当時、私は創作活動の時間も担当しておりましたが、お手本どおりに作ることや完成品に“してあげる”ことがいいことだと思っており、仕上げをしてしまうなど、今思えばいらぬお世話をしていました。

吉川健司さん作品
「覆面レスラー」,ケンジ&カズヒサ,まちこうばGROOVIN’

しかし彼の絵をきっかけに、ひとりひとりがどんな表現をしていて、どんな作風があるのかがとても気になるようになりました。隣に座って見ていると、実はみんな、とんでもなく面白い表現をしていることに気づいていくことになります。
そうして出た言葉が『どうしちゃったんだ、コレ?』でした。
時を同じくして、近くで行われていた障害のある人たちの作品展に何気なく入ったところ、ユニークな作品たちが飛び込んできました。そこで初めて障害のある人たちによるアートのことや埼玉県内・外にもこういった創作活動に取り組んでいる事業所がたくさんあるということを知りました。
『どうして気がつかなかったんだ、オレ?』と言ったかどうかはわかりませんが、以来、たくさんの魅力ある作品に出会っていくことになります。それは10年以上たった今も続いています。
そんな中で、いくつか私が関わった方のこと、そこで感じたことや学んだことを紹介させていただきたいと思います。
 

30年近くにも亘る正義と悪のたたかいが描かれたノート

内田拓磨さんは、小学生の頃から自宅でノートに描き続けている絵物語があります。それは正義と悪のたたかいがテーマになっており、主人公の自分、友人やアニメキャラを仲間にし“悪”とのたたかいが、見たこともないようなユニークな描き方でビッシリ埋め尽くされています。一日に半ページ進むか進まないかのペースで描いていますが、ボロボロになったノートはすでに30冊近くになります。このノートは国内の様々な場所に加え、スイスをはじめとするヨーロッパにおけるアールブリュット展でも展示され、高く評価されました。
一方でこのノートは最初から人に見せるために描いていたわけではありません。拓磨さんにとって、ノートに物語を描くことは日課であり、楽しみでもあります。彼は入院した時や、海外に一緒に展示を観に行った時でさえも必ずノートと色鉛筆を持っていき、絵を描いているくらいでした。このノートの存在をお父さんに教えてもらうまで、私は昼間の拓磨さんのことしか知らず、家でこんな素敵な世界を描いていたとは露知らずでした。それまでは作品は福祉施設等で制作されていると思っていましたが、拓磨さんのノートを通じて作品は様々なところで、誰かに見せるためでもなく人知れず作られているものもあることを知りました。

内田拓磨さん作品

「なんでも宇宙」(ノート),内田拓磨


広告チラシを使うカオルさん

コバヤシカオルさんは広告チラシに直接描いた作品がたくさんあります。いつも家から大量のチラシをカバンに詰めて福祉事業所に通ってきます。ユニークなのは紙の白い面を使うのではなく、商品写真の面を塗りつぶして、そこに人物などを描いていくところです。そうして出来上がった絵は、商品の写真が透けて見えるものの、逆にそれが模様のようにアクセントにもなり、とてもユニークな仕上がりになります。しかしカオルさんはそうなることを狙っているのかどうかはわかりません。単純にチラシの質感や描き心地がいいからなのかもしれません。絵=白い紙に描くものという自分の価値観を変えてくれました。
なんといってもカオルさんは毎日ゴキゲンに絵を描いています。きっと彼女は一番自分が描いていて楽しいやり方を知っているのだと思います。

コバヤシカオルさん作品コバヤシカオル,まちこうばGROOVIN’


自分の夢を追い続ける金澤さん

金澤一摩さんとは、特別支援学校にスゴイ人形を作っている生徒さんがいるという話を聞きつけ、見学に訪れて出会いました。幼いころに見たアニメやテレビの人形劇にハマってしまい、見よう見まねで身の回りの物を使って人形を作り始めました。いつか自分の作った人形で劇を披露することが夢になったと語ってくれました。その翌年に私たちの企画する作品展「アートセッションin本庄」において、金澤さんオリジナルストーリー、人形による人形劇を披露してもらいました。人形だけでなく舞台装置、音響すべて一人で作り込み当日を迎えました。多くのお客さんを前に、助っ人の友人と汗びっしょりになりながら熱演してくれました。ご家族、先生、友人も駆けつけ、友人たちに囲まれて喜び合っている姿は、青春ドラマのようでした。金澤さんには自分の人形を使って叶えたい夢がまだまだたくさんあるそうです。私は、そんな金澤さんからは元気や刺激をもらいました。同じようにたくさんの夢をもって作品を制作している方もいると思います。その夢をかなえるための、なにかに携われることも、この仕事の楽しさだと思います。

金澤一摩さん
サイレント人形劇「おばけのゴストント」.金澤一摩


里緒奈さんの青色

そしてこのオンライン美術館の中でも紹介されている青いひらがなで作品を描く森川里緒奈さんです。彼女はとてもおしゃべりが好きで、家族やスタッフと話したこと、またお出かけしたこと、思いついたことなどを、彼女が一番好きな色だという『青色』のペンで紙面を埋めていきます。青色のかわいらしい形の文字とユニークなフレーズの面白さと、なんといっても、ひと目見た時に飛び込んでくる『青い色』は本当に『綺麗』だと思います。

森川里緒奈さん森川里緒奈,まちこうばGROOVIN'

そんな彼女の作品をある日、私たちのインスタグラムに投稿したところ、それを観たフランスのギャラリーからメッセージが届きました。作品がとても美しく気に入ったとのこと。その時は私たちも海外のギャラリーからのコメントにただただ驚くばかりでした。その後、彼女の作品は数名の障害のある人たちの作品とともにフランスに渡り、展示会が開かれることになりました。さらに展示会に訪れたコレクターの方が購入を希望され、それが後にフランスの国立美術館に寄贈されることになりました。そのビックリな出来事に私たちだけでなく、里緒菜さんのご家族もとても喜ばれていました。そして本人もみんなからのお祝いの言葉に照れくさそうにしていました。
私たちも作品の制作の場面や発表の機会などが広がるよう支援を行っていますが、やはり本人が喜んでくれること、またご家族をはじめ周りの人たちも喜んでくれることがなによりです。
そしてそれを呼び込むのは本人の表現力、作品の魅力だと思っています。

みんなの作品が色々な人たちに観てもらえたらと思い、気軽に始めたインスタグラムですが、思わぬことも起きるものだと、とても驚いています。
同じように、この埼玉県障害者アートオンライン美術館も世界中から作品を見ることができます。どこかの国の知らない誰かが、今この時も思わず『アメイジング!!』とか『ワンダフル!』的なことを言っているかもしれません。また埼玉ってどんなところだろう?と思いを馳せているかもしれません。そんな想像をすることもまたとてもワクワクします。
埼玉県では毎年障害者アート企画展が開かれ、数百の作品が申し込まれてきます。また障害者芸術文化活動支援センターは、地域の相談支援事業所等と連携し、在宅の障害のある人たちの才能の発掘なども行っています。このように、魅力あふれる作品が埼玉にはたくさん存在しています。
新型コロナウィルスの感染が終息し、これまでのように気兼ねなく行き来できるような状況になった暁には、オンライン美術館で見た作品の実物を観にぜひ埼玉県に訪れてほしいと思います。
そして作品だけでなく作者本人とも出会い、ともにいい時間をすごせる機会が広がっていけばと願っています。