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掲載日:2022年9月2日

実験検査部/研究開発詳細説明

開発の背景

大動脈瘤手術では、大動脈の瘤のように膨らんだ部分を切除し人工血管につなぎ換える間、大動脈の血流を遮断しなければなりません。血流を遮断している間、その大動脈から枝分かれして脊髄へ行く血管にも血液は流れないことになります。実際には他の血管からバイパスされて、わずかながら血流は維持されますが、脊髄は脳と同じように体の他の臓器に比べて、血液の流量不足に耐えることができず、障がいを受けやすいことが知られています。

各部の臓器から来て脊髄の神経を通って脳に伝わる電気信号、または脳から神経を通って各部臓器に向かう電気信号は、脊髄が障がいを受けるとその部分で伝わらなくなるため、いわゆる麻痺を招くことになります。一般的な過去のデータから、この手術を受ける患者の5から10%程度のかたが脊髄に障がいを受け、下半身が自分の思い通りに動かない対麻痺になる危険性があります。

この合併症を完全に防ぐことは現時点では困難ですが、いくつかの方法が試みられて来ました。もっともよく使われるのが全身を32℃から34℃の低体温にする方法です。温度を低下させることで代謝を抑え、血流によって運ばれる酸素や栄養が少なくても需給のバランスがとれるようにするこの方法はかなり有効ですが、不必要な部分も低温にするため、免疫機能の低下、血液凝固能力への影響、不整脈の頻発、呼吸不全などの合併症をもたらす恐れが多分にあります。

近年この合併症を減少させるため、局所的に脊髄だけを冷やそうとする試みが米国で進められています。この方法は脊髄のクモ膜下腔(硬膜の内側にあり、脊髄軟膜に接しているクモ膜との間の空間)に冷却液を注入する穴の開いたカテーテルと、この冷却液を排出するためのカテーテルの二本を互いに離れた別々の位置に挿入し、冷却液を直接クモ膜下腔に流し込むことで局所冷却するもので、すでに実用化されています。しかしこの方法は、つねに出入りする冷却液量を正確に一定量に保たないと液が溜まってクモ膜下腔内の圧力が高まり、かえって脊髄を圧迫することで損傷を与えてしまう危険性を伴っており、細心の注意を払って行う必要があることから、国内外でもハーバード大学など数施設しか実施していません。

開発の経緯

我々はこの危険性を取り除くために、脊髄の硬膜外腔に外部との流通孔を持たない閉鎖循環回路を内蔵した細い冷却カテーテルを一本だけ挿入して持続的に局所冷却をする方法の研究を開始しました。埼玉県立循環器・呼吸器病センターの研究施設である実験検査部においてユニチカとアストの協力を得て、図1に示すような局所冷却システムを開発し、動物(ブタなど)を用いて実験的検討を行い、この方法の安全性と有効性を確認しました。

図1局所脊髄冷却システム

図1 局所脊髄冷却システム

この図では細部を分かりやすくするため、脊髄部分を実際の比率より太めに誇張して描いてあります。

ユニチカの協力で開発された冷却カテーテルを図2に示す。

カテーテル外形

カテーテル外形

図2臨床用冷却カテーテル

図2 臨床用冷却カテーテル(左上側の写真と模式図はカテーテル先端部の外形と内部構造を示している。)

カテーテルの表面に1cmおきに目盛りがふってあり、挿入した部分の長さを把握することができます。またX線を通さないようになっているので、透視下で挿入した位置が確認できます。カテーテルの内部に冷却液が先端まで流れてから戻ってくるヘアピン型の往復の流路が設けられており、10℃前後の冷却液がカテーテル入口から流れ込んで往復路を通って外部に漏れ出さずに出口に戻る構造になっています。

動物実験結果

冷却グループは冷却用カテーテル挿入後、直ちに冷却を開始し、十分に脊髄温度が低下してから大動脈を遮断します。遮断は45分間で解除し、その後、徐々に脊髄温度を体温近くまで戻します(図3参照)。

図3冷却グループと非冷却グループの温度変化の比較

図3 冷却グループと非冷却グループの温度変化の比較

図中、両者の体温(直腸温度)の違いはありませんが、冷却グループ(青色)では局所冷却中の硬膜外腔の温度は22.1±2.5℃、脊髄温度は26.5±2.4℃まで低下しています。脊髄は硬膜に直接接触していないので、このような温度差がでます。

一方、非冷却グループには、冷却グループと同じ手術を施し、大動脈も遮断します。また冷却用カテーテルも挿入しますが、カテーテル内に冷却液を流さない状態のまま、脊髄の冷却を行わずに同じ時間を経過させています。図3から分かるように非冷却グループ(赤色)では当然のことながら硬膜外腔や脊髄の温度低下はありません。

手術終了後の12時間目、24時間目、48時間目にブタの後肢の動きを観察し、タルロフスコアを用いて神経学的評価をし、表にまとめました。この値は数値が大きいほど正常に近くなり5が正常を示し、0は完全麻痺を示します。表内の数字は、その状態になったブタの頭数です。

神経学的検討

冷却グループ(合計7頭)では48時間後にスコア5の正常が4頭、多少よろめきながらも移動できるスコア4のブタが2頭、残りの1頭もスコア3で自ら座ることはできました。

一方、非冷却グループ(合計7頭)では1頭がスコア1の寝たままで後肢がわずかに動くだけとの評価を受けましたが、残りの6頭はスコア0の完全下半身麻痺の状態でした。

臨床応用への準備

動物実験では種々のデータを得るための都合で、皮膚を切開して硬膜外腔にカテーテルを挿入していました。しかしカテーテルの太さは1.5mm程度であり、通常の硬膜外麻酔法に使用するものと大差はなく、麻酔法と同様に経皮的穿刺法により、注射を行うのと類似の方法で硬膜外腔に挿入することができます。この経皮的穿刺法で冷却カテーテルが挿入できれば患者の負担が大幅に軽減されるので、慶應義塾大学の麻酔科学教室でユニシスとユニチカの協力を得て穿刺用の針の開発を行い、臨床応用への目処を付けることができました。

また動物実験で使用した装置を参考にして、慶応義塾大学心臓血管外科学教室が泉工医科工業の協力を得て臨床応用のための装置を開発しました。装置は従来の製品を利用して構成されていますが、カテーテルへの潅流液の流量を増やすなどカテーテルの冷却能力を上げるために種々の工夫を加えるとともに、冷却液の温度を低く保つために断熱用の二重管などが実用化されています。

臨床での手順

脊髄は脳脊髄液と呼ばれる液体の中に半ば浮かんでいますが、周囲を取り巻く3枚の膜(内側から軟膜、クモ膜、硬膜)で覆われています。カテーテルを留置する硬膜外腔は、これらの膜のさらに外側の空間なので、カテーテルがじかに脊髄に触れることはなく、カテーテルを挿入しても傷つけられることはほとんどありません。また抜去した際に脳脊髄液が漏れだし、頭痛などを引き起こすこともありません。

手術の前日にカテーテルを硬膜外腔へ挿入します。大動脈の手術中、血を固まりにくくするために抗凝固薬を使用しますが、それによる出血などの合併症の危険性を低くするためと、長時間になりやすい大動脈瘤手術を、余裕を持って行うためです。

意識のある状態で背中の皮膚に局所麻酔をした後、穿刺針を皮膚に刺し、その先端を硬膜外腔に到達させます。この針の外側に被せてあるプラスチック製のパイプ部分を残して、針を抜きます。そのプラスチックパイプの中にカテーテルを入れていくと、パイプにガイドされてカテーテルは硬膜外腔に挿入されていきます。カテーテルはX線透視により位置を確認しながら、手術の時にもっとも虚血になる危険性の高い脊髄の部位まで送り込み、硬膜外腔に15cmから25 cm程度挿入して、そこに留置します。この状態で固定し、手術前まで汚れないようカバーを被せておきます。

翌日、手術の開始前に、このカテーテルを冷却液潅流装置に接続して、10℃前後の冷却液(生理的食塩水)をカテーテルに流し込むことで脊髄の冷却を開始します。脊髄が十分に冷えた段階で、手術のために鉗子で大動脈の血流を遮断し、手術が終了し遮断が解除されるまで冷却は続けられます。解除後は徐々に冷却液の温度を上げて脊髄の温度をゆっくりともとの温度まで戻します。手術が終了しても万一の再手術の可能性を考慮して、カテーテルを挿入した状態で集中治療室に戻ります。患者の状態が安定してからカテーテルを抜去し、2,3日の間絆創膏で傷口を保護しておきます。

動物実験関係発表論文

Mori A, Ueda T, Hachiya T, Kabei N, Okano H, Yozu R, et al.:An epidural cooling catheter protects the spinal cord against ischemic injury in pigs. Ann Thorac Surg. 2005;80:1829-34.

Yoshitake A, Mori A, Shimizu H, Ueda T, Kabei N, Yozu R, et al. :Use of an epidural cooling catheter with a closed countercurrent lumen to protect against ischemic spinal cord injury in pigs. J Thorac Cardiovasc Surg 2007;134:1220-6.

Ishikawa A, Mori A, Kabei N, Yoshitake A, Suzuki T, Katori N, Morisaki H, Yozu R, Takeda J.:Epidural cooling minimizes spinal cord injury after aortic cross-clamping through induction of nitric oxide synthase. Anesthesiology (post author correction, 7 September 2009)

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郵便番号360-0197 埼玉県熊谷市板井1696

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