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BIG公園巡りルートと荒川河川敷の廃村【ルート5 走行時期:2月上旬 50代男性  ロードバイク歴:8年】

更新日:2020年2月20日(木曜日)

【プロフィール】
ロードバイク歴8年。ポタとグルメが大好きなエンタメ・メタボ系ライダーです。


ルート5「BIG公園巡り」自体については複数の方がレポートされているので、さいたま市から自走して、荒川河川敷に残る貴重な近代史・現代史の史跡としての廃村や陶器製手榴弾の大量廃棄場所を中心としたレポートとさせて頂きました。

 

 

まずは廃村から。

昨年の台風19号の被害でも分かるように、荒川は古くから何度も甚大な水害を引き起こしてきました。荒川河川敷にはその経験を残し、さらには公的な事業として移転を行った集落の跡地が残っています。

移転について国から費用補償を受けるためには、家屋と庭木の撤去が条件となっていたためそれらは残されていませんが、庭木については竹は伐採してもすぐに蘇生するため、今でも屋敷森のようになって残っています。屋敷森は洪水から家屋を守るため家屋の北側に配置されることが多く、今でも家屋跡地で確認することができます。また、家屋跡地では水害を前提とした家屋の作りの名残を確認できます。

 

まずはさいたま市桜区塚本の廃村。秋ヶ瀬北のドライビングスクールあたりの竹藪はなんかあるぞって感じですよね。
竹藪

そうです、この竹やぶの裏には廃村があります。といっても廃屋があるわけでもなく廃墟ファンの方々の対象となるようなところではありません。ああ、人が住まなくなった集落ってわずか十数年くらいでこんな感じになっちゃうんだね...という淡い感慨と、集落の方々が今でも持つ土地への強い愛着心を感じることができる場所です。

1984年以降に移転した全ての世帯が補償を受けており、1999年の水害を機として2002年までに全戸が移転。このため、一気に集落が消え去ったような雰囲気となっているのでしょう。移転された方々は今でも田畑・お寺(薬師堂)・お墓には通われているのでそれらは綺麗に整備されています。

廃村1

 

ここには天然記念物の巨木、「薬師堂のマキ」もあるんですよ。
天然記念物の巨木 巨木の看板

ここまで何の案内もなくひっそりと佇む巨木、もったいないですよね。


薬師堂の隣の竹藪の道。
凄く神秘的な風景で僕のお気に入りの場所です。
竹藪2
 

次に川越市古谷上字握津(あくつ)の廃村。上江橋から荒川サイクリングロードに入って開平橋までの途中にあります。荒川に橋が無く、渡し船での交通となっていた頃は交通の要所として栄え、ピーク時は70戸500人が居住していたとのこと。荒川左岸なのに川越市という飛び地のため通学等は船で対岸に渡っていましたが、上江橋ができてからは橋を渡るためより不便となったそうです。1932年から移転が進み、2006年に最後の家屋が移転。75年の長期間をかけて移転したので、塚本集落より荒廃した雰囲気となっているのだと思います。

こちらは塚本の廃村と比べて田畑の被害が大きかったようでまだ修復中。

廃村2


公民館は移転対象ではなかったらしく現存しています。
公民館


集落の中心にある道標。
道標

 

この写真じゃ分からないかもしれませんが、道標の西側には「西川越」と書かれています。

道標2


この道標から西に進んだところにある、大宮国際カントリークラブの渡船は、実はこの集落と荒川右岸との交通の名残です。ただし、今は渡船はゴルフ客専用なので一般の方は乗れません。

 

これら廃村の集落の家屋の特徴としては、水塚(みづか、みずつか、みつか)があります。これは洪水に備えて家屋台地を高くする工夫です。今でも塚本集落・握津(あくつ)集落ともに家屋跡地でその構造の確認ができます。

また、母屋よりも倉の水塚を高くして非常時には倉の二階で生活ができる工夫もありました。さらに倉の二階まで水が来れば船で逃げ出したとのこと。まさに水害を前提とした暮らしだったんですね。

東北大震災や台風19号を経験して、こういった昔の智恵を現代版にアレンジして水害リスク前提の暮らしを再構築することも必要なのではないかと感じました。

 

これら集落の移転についての詳細は以下の論文によくまとめられています。

http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/32567/rcr047-05-isogai-j.pdf

読み込むのは少し大変ですが、興味を持たれた方は是非ご参照ください。

 

さてさて、本題のルートをスタート。

道の駅いちごの里よしみから。
道の駅いちごの里よしみ

 

川幅日本一のポイントを確認。
川幅日本一のポイント

比企自転車道
比企自転車道を通過。

あぢとみ食堂さん。
あぢとみ食堂

ここのタンメン、めちゃくちゃ美味しいです。お勧めします。

 

ランチは高坂駅近くの「りこ坊」さんで。
ランチ1 ランチ2

豊かなバリエーションの美味しいカレーを楽しめるお店です。
門限があったので、ルートはここで終えて帰路へ。

 

帰りにびん沼川にある、第二次世界大戦終了時に大量の陶器製手榴弾が大量廃棄されたポイントを見学。

廃棄場所

金属が足りなくなったことから全国の窯で手榴弾を作ったそうですが、どう考えても兵器としては現実的ではなく、戦争の愚かさを感じます。

 

少し暗い話題となってしまったかも知れませんが、近代史・現代史として、知るべき・残すべき史跡がサイクリングロード近くに現存することを是非知って頂きたくてレポートさせて頂きました。

 

このライドの Strava でのログは以下の通りです。

https://www.strava.com/activities/3081101990

【TABIRINサイクリングファンのための情報サイトコース紹介】
https://tabi-rin.com/archives/course/30656

 

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