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掲載日:2020年12月4日
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今月号は、杉戸町立杉戸小学校 齋藤 美貴 養護教諭の取組を紹介します。
齋藤養護教諭は、「子供のために働く」という情熱、使命感をもって日々職務にあたっています。持前の明るさとコミュニケーション能力を発揮して、関係職員との情報共有、連携を行い、児童の心身の健康づくりに大きく貢献しており、他の教職員や保護者からの信頼も厚いです。
また、生徒指導上の課題を抱えている児童や発達障害を抱える児童の心情をよく汲み取り適切な行動へ導いています。
全児童の心身の健康に大きく関わり、学校経営の基盤を支える大きな力となっている先生です。
出身は栃木なのですが、調べてみるといくつかの国公立大に養護教諭の免許を取れる学部があり、地元の短大の家政科でも養護教諭の免許が取れる、ということだったので最初は短大に進んで免許を取ろうと考えていました。
ただ、すごく悩んでいたのを見ていた当時の担任の先生が、一年上の先輩が埼玉県の県立養護教諭養成所というところに進学しているよと教えてくださって、その先輩に直接話を聞かせていただきました。養護教諭になるためだけの勉強を2年間して、どこよりも確実に最短で養護教諭になれると思い、その養成所に入り、埼玉県に来ました。
養護教諭の免許は小・中学校、高校、特別支援学校すべてできます。
もともとは中学校を希望して、初任校は希望通り中学校でした。西部地区の中学校だったのですがその後県北の小学校に異動になり、そのまま小学校で続いています。
怪我、病気への対応はもちろん、健康診断、感染症対策、環境整備、保健指導などいろいろありますが、杉戸小学校は児童が740人いるのに対して養護教諭は私一人ですので、日中は子供の対応だけで終わってしまうのが現状です。
今日も記録を取っただけで25~6人くらい対応しましたが、記録に残らないような対応をした子を含めるとその2~3倍くらいの人数になると思います。
あとは、小学校ならではというところで、おもらししてしまった子を着替えさせたり、朝泣いて母親から離れない子を落ち着かせたり、喧嘩を仲裁したり、教室にいられない子を預かったり、おしゃべりタイムを設けている子とおしゃべりしたりなどがあります。
放課後は保護者や担任の先生たちと子供たちの様子について話をする時間も多いです。
丁寧な言葉遣いと挨拶ができるようになるよう、心がけています。
大人がまずは手本にならないといけないなと思います。例えば怪我の手当てをしたときに、子供が何も言わないで保健室を出て行こうとした時には「こんな時は何て言うのかな?」と問いかけをして「ありがとうございました」を引き出します。
「ありがとう」が出てこない子も「ありが・・・?」といえば、「あっ。ありがとう!」と言います。私が手当てしたからお礼を言ってほしいのではなく、人から何かしてもらったらお礼を言える子になってほしいとずっと思っています。
保健室に入るときも「部屋に入るときは何て言うのかな?」と促しています。一回一回言うのは大変ではあるのですけど。最近みんな「失礼します」と言って保健室に入れるようになってきました。
あと、自分のことを自分で伝えさせることも大事かなと思います。
怪我して保健室に来た時に付添いの子が「○○ちゃんが怪我した。○○が痛いって」と怪我をした本人よりも先に説明してくれても、「自分の口でもう一回言って下さい」と、自分で伝えるよう促します。
中学校に勤務したことがあるからだと思うのですが、小学生のうちに人としての基本的なことをきちんと身に付けて、学校が好き、先生が好き、人が好き、という思いを持って中学校に進学してほしいなと思います。
保健室ってなんとなく教室とは違うし、家とも、職員室とも違って、リラックスできる面があるかなって思います。保健室に来て1対1で向き合えば話せる。そのあたりが普通の先生と違うのだと思います。
小学生は、嫌なこと、悩んでいること、つらいことがあっても自分で自分の気持ちをうまく言えないので、結局「頭痛い」とか「おなか痛い」って言って保健室に来るんですね。最初から「こんなことに悩んでいます。聞いてください」などと言える子は一人もいないです。
「頭が痛い」「おなか痛い」という子に担任の先生がずっとかかりっきりはできないので、保健室で私と話しながら熱を測ったりおなか触ってみたりと問診をしていく中で、ほっと本音が見えてくるということが往々にしてあります。
ゆっくり話を聞いて、時には言葉を付け足してあげて、子供の気持ちを探るというか、受け止められる、理解してあげられる場所であり、養護教諭の役割だと思います。
よく担任の先生から「齋藤先生には打ち明けてくれるんですね」と羨ましがられるのですが、私だから打ち明けてくれたのではなくて、1対1で、保健室という空間が手伝ってくれて子供は話してくれるのだと思います。
あとは、担任の先生はクラスや学年を見ていくものだと思うのですが、養護教諭は、色んな子が保健室に来て話をしたり、色んな先生とも話をする中で、小さな問題から学校全体にかかわる大きな問題まで、学校全体のことを捉えることができる存在かな、と思います。若いころは難しかったかもしれませんが。
例えば「うちのクラスの○○君の様子が最近ちょっと気になるんですけど・・・」などの相談を受けたら、「それなら今度保健室に来るように言ってみてください。」とお願いします。
保健室で子供の話を聞いてみて、大体の状況を理解して、それを担任の先生に伝えて、これは保護者に伝えた方が良さそうだねとか、これからも保健室で少し休むようにしましょうかとか、関係する子にこのようにアプローチしてみましょうかとか、相談を日々しています。
逆に、保健室で先につかんだ情報は担任の先生に伝えるようにしています。そして今後どうしていこうと担任の先生と話し合うのが日常です。
教室を出て行ってしまうなど配慮を要する子については担任の先生と毎日連絡を密に取って対応しています。教室から出てしまった子を探したり、落ち着かせて話を聞いてみたり、放課後に担任の先生と明日からの対応を相談したり。
人を育てる、子供を育てるって、一人では無理だと思います。
特に、今はこういう時代ですので、色んなことを抱えている子供が多いと感じています。担任の先生が40人とか35人を一人でみるのは昔と違って無理があるのかなと。
担任の先生が一人で頑張れるかというと、先生方はみんな頑張ってしまうのですよね。
でも、頑張り過ぎて先生が疲れてしまったケースも知っています。その子を何とかしようとし過ぎて、他の子が荒れてしまうケースもいっぱい見てきました。バランスが大事だと思います。
担任の先生はクラスに子供が35人いたら35人に愛情が平等に行くと良いのですが、一人配慮を要する子がいるとついその子をいつも注意したり追いかけたり、授業が中断したりとなり、クラスが落ち着かなくなり、他の子供たちからも不満が出てきます。
そして最後には、迷惑かけた子が、自分のせいでこんなことになってしまったと落ち込み、周りからも非難されてつらい目に遭ってしまうんですね。
子供も守りたいし、担任の先生も守りたい。私自身も親になったので親としてもやっぱり落ち着いた環境で子供たちには小学校生活を過ごしてほしいと思います。そのためだけに日々走り回っている気がします。
歯磨きの指導を全クラス、クラスごとに歯を赤く染めて指導するというのを前の学校でもやっていて、この学校でも最初はその方法で指導をしました。ただ、授業は楽しいのですが、当時全校で25クラスありまして、25時間保健室を空けることが非常に困難でした。
具合悪い子や怪我した子が来る、問題を抱えた子が相談に来る、その他にも、2年生の生活の学習だとか、4年生への性の保健学習だとか、6年生の薬物に関する学習の授業もやらせていただいているので、そうすると歯磨き指導も合わせて何十時間も保健室を空けることが果たしてこの学校にとって良いことなのか、と考えました。
あともう一つ、この学校で歯を赤く染めてみると、みんな真っ赤だったんです。あまりにも真っ赤に染まり過ぎていて、いかに歯垢が落ちていないか、歯磨きが上手じゃないかが分かりました。これは学校だけでやっても無理だなと思いました。
学校で、私の指導だけで終わってしまうと、どれだけわが子が赤く染まっていたか保護者に伝わりにくいし、その場の指導だけで終わってしまう可能性があります。
この二つのことがあって、翌年からやり方を変えました。
まず、1、3、5年生は学校で歯磨き指導する。そのうち1年生は歯科衛生士さんを呼んで、親子歯磨き教室にしました。保護者に、真っ赤に染まったわが子の歯を実際に見てもらう。わが子の歯の染まり具合を目の当たりにすると反応が全然違いましたね。
そのほか、2、4、6年生は冬休みに宿題として歯磨きテストを家庭でやってもらうようにしました。
その成果かどうかはわかりませんが、齲歯率も治療率も年々良くなっていますし、歯に対する関心も上がっていると思います。
あとは、給食の後に歯磨きをするときのための歯磨きソングを保健主事で音楽の先生が作ってくださいました。1曲3分間で全部の歯を磨けるという歌です。それを保健委員会で歌の練習をして、録音して、毎日放送して、それに合わせて全校で磨くというのがようやく定着してきました。
前の学校でも親子歯磨き教室を開催したり、冬休みの宿題で歯磨きを出していた経験はありました。では、杉戸小学校にはどういう方法が良いのか、一方で、先生方の負担になるような形には絶対にしたくない、と1年間すごく考え、最後は、あの真っ赤な歯は絶対に保護者が実際に見た方が良いと考えて、今の形にしようと決心しました。
歯磨きは結局は家庭のことなので、各家庭にいかに啓発していくかが大事だと考えました。規模が小さい学校であれば、個別に指導していけば良いんでしょうけど、杉戸小学校の規模は大きいので、その方が効果的だろうと。
自分の体は一つで、他にもやらなきゃいけないことはたくさんあるので、何を選択するかはすごく考えます。
そして、私が養護教諭としてやりたいことと、それが学校、今の杉戸小学校に合うものかどうかは別なので、この学校のニーズにどうすれば合うのかというところをずっと模索しています。
実は最近トイレの改修工事をしてもらい、とてもきれいになりました。杉戸小学校は今年で創立143年で、校舎もとても古いです。着任当時はトイレも古く、さらに狭くて、暗くて、段差だらけで、毎日使う子供たちは、これでは嫌だろうなと思いました。
そこでまずは自分でトイレを見回りして掃除をしてみたのですが、正直きりがありません。あと匂いが本当にひどくて、夏場なんかは前を通りたくないくらいです。これは子供が勉強するにしても何にしても絶対良いことではないと思いました。骨折した子がいた時も、その子が入れるトイレがありませんでした。
改修工事の際には図面を見させて頂いて、子供が使いやすくて、壊れなくて、メンテナンスしやすいトイレになるように、相談させてもらいました。
改修後のトイレ
「洗面台の高さや蛇口の形状について、子供たちが使いやすいように仕様を変更してもらいました」と齋藤先生
幼・保・小の連携にも参加させていただいてます。
学校全体を見ることができて、ポジションが変わらない先生ってなかなかいないです。全校の子たちを見てたり兄弟関係もわかってたりする。そういうこともあり幼・保・小の連携に積極的に関わらせてもらっています。小1プロブレムの解消に少しでもつながればなと思います。
あとはやっぱり特別支援ですね。最近は配慮を要する子供が大変多いです。
頑張れないし、すぐ怒るし、すぐ暴力を振るってしまう子たちを理解することは難しいのですが、結局は保健室が関わることになりますので、目の前の子を何とかしたいという思いで、特別支援の勉強をしています。
関係する多くの先生と相談しながら、この子が抱える問題は何なのか見立てて、特別支援コーディネーターの先生と協力しながら、保護者と面談をしようか、医療を勧めてみようか、センター的機能を使おうかなど対応を模索して実際にやってみて、そうすると支援策が見えてきて、その支援策を関係する先生方に周知するケース会議を開いて、このように対応していきましょうという一連の流れが、やっと軌道に乗ってきました。
発達障害だとか、LD(学習障害)だとか、愛着障害があったりとか、そんなことが根底にあるので、それを見極めて支援策を考えていかないと私たちが取るべき対応を間違えてしまうんですね。ですので、見立てと支援策を間違えないように、私一人ではなく、担任一人でもなく、みんなで考えていく体制がようやく整ってきました。
もちろん応急処置とか健康診断とか食物アレルギーへの対応だとか、基礎基本は絶対できなければいけないことで、その上でできる限りのことをしたいと思う毎日です。
養護教諭は、子供の成長を見られる、素敵な仕事だと思います。でも未だに毎日迷ったり悩んだりする、ゴールがない、終わりがない仕事です。なかなか文書では説明しにくい仕事だと思います。
日々保健室で子供たちと向き合うことが大切だと思います。ただ仕事をこなせば良いという考えではなく、この子をわかってあげたい、このつらさに寄り添ってあげたいと思う気持ちを持ってもらえたらなと思います。
【インタビューを終えて】
大変な仕事も大変ではないかのように明るく話をする先生で、そんな齋藤先生の人柄が保健室の雰囲気をよりリラックスしたものにしているのではないかと感じました。
歯磨き指導の話の中にありましたが、学校の状況に合うように考え続けて指導方法を適宜変えていく、という話が印象に残りました。
過去の経験も踏まえながら指導方法を工夫し続けている、子供たちのために走り続けている養護の先生でした。
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