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掲載日:2020年9月23日
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今月号は、本庄市立児玉中学校 三宅 光起 教諭の取組を紹介します。
三宅教諭は、学年主任として、生徒の実態を踏まえ課題を明確にした学年経営を行っています。中学校生活3年間を見通し、各学年での目標を意識させながら具体的な手立てを示し、素晴らしい学年集団を創りあげています。
生徒に対しては厳しさだけでなく温かさがあり、熱意あふれる指導に生徒からの信頼が絶大です。
また、何事にも一生懸命で、教育に対する信念や哲学、情熱を持って指導にあたる姿は、他の教職員の模範となっています。
純粋に“青春”がしたかったからです。“青春”なんて今ではもう、あまり使われなくなってしまった言葉ですが、中学生くらいの時から、当時の青春ドラマのように泥臭い、熱い“青春”がしたいという想いが芽生えていました。
そんな中、中学3年の秋頃、クラスメイトに「お前、先生に向いているんじゃない?」と言われたことがあって、その時教師と言う仕事を意識したのが最初のきっかけですね。
その後高校生のとき今後の進路をどうするかと考えたときに、中学生のときに言われた「お前、先生に向いてるんじゃない?」の一言と、もともと自分の中になった「熱く青春したい」という考えがつながったのだと思います。
こういう子供を育てたいとか、こういう世の中をつくりたい、ではなくて、自分が熱く青春したい、という純粋な想いだけで教師を目指したのを覚えています。
実は、最初目指していたのは小学校の教員でした。学級作りで青春したいと考えていたからです。
それで、小学校の採用試験を受けたんですけど実は1回目は不合格で、2年目受けるときに当時はまだ、中学校で何年か教員の経験を積めば小学校に移れるという制度があったので、まずは教師になることを最優先に考えて中学校の教員になりました。
最初教員になった頃、中学校の教員は大変でした。当時、昭和60年代ぐらいは、まだまだ校内暴力なども激しく、荒れていた時代でした。
でも、そんな状況でも、中学校は小学校と違って部活動があるので、野球部とかサッカー部の顧問になって青春したいなと思っていました。結果として、女子バレーボール部の顧問になるのですが、だんだん自分の青春にフィットしていくこととなって、新任のとき以来、勤務する学校が変わってもずっと女子バレーボール部の顧問をさせていただいています。
振り返ると、第1希望の小学校ではない中学校の教員になり、第1希望の野球やサッカーではない女子バレーボール部の顧問になってと、描いていた夢のようにはいかなかったですが、いつのまにかどっぷりと中学校にはまってしまってという感じで、今に至っている感じです。
そうですね。もし最初に小学校の採用試験に受かっていたら、今とはまた違った教員になっていたと思います。ただ、その時々で進む方向が変わっても、熱く青春したいという想いだけは一貫していたかなと思います。
明確な「目標」とその「手段」を示すこと、が一番大事だと考えています。
学級には学級の、学年には学年の、学校には学校の教育目標があって、そのために日々の学校生活があるはずです。でも、生徒に学級目標や学年目標を聞いても、答えられる生徒はほとんどいない。
「こんな学年にしたい」という明確な学年目標が生徒自身の中に定着していなければ、そこに向かって生徒たちを導けないと私は考えています。ですのでまず、卒業しても覚えていられる学年目標を設定しました。
うちの生徒は皆、学年目標を言えます。
それが、私の場合、「『全力』『継続』『思いやり』で、「ハッピーハッピー」の旗の下、目指しているのがディズニーランドのような学年」と言うことになります。
そして、日々の活動も掲示物も学年集会も林間学校も修学旅行も、すべてこの学年目標に通じるように考えます。
子供が目標を覚えていなかったり理解していないようだと、何を言っても何をやっても学年はバラバラになってまとまらない。学年目標があって、でそのためにこういう方法があるよ、とかこういう風にするよ、とか、今回はこういう風に考えよう、というのを生徒に話します。
学年目標:『全力』『継続』『思いやり』
学年主任って、生徒と直に話す機会が担任の先生方よりもはるかに少なく、毎日のちょっとしたコミュニケーションもそうそうありません。
だから、月に一回とかその時々の節目の集会で時間をもらって話すようにしている。
私が子供に話す機会は、学年集会の5分、10分しかないから、そこが一大勝負の時間です。限られた時間、機会に言葉・キーワードを与えて目指す学年像=学年目標に近づけていく。言葉で勝負する政治家みたいですね。
中学1年の4月に学年目標の話をする際に最初に「こんな学年をつくりたい」という自分の願いを言います。これを言わないと自分がどんな学年をつくりたいのか生徒に伝わらない。それが伝わって初めて子供たちも協力しようという風になっていくので。
で、私はイメージが重要だと思うので、「ディズニーランドのような学年を創るからね」って言っています。すると生徒は「何それ!?」となるんです。生徒たちが「どういう意味かな」って食いついてくれたら成功です。
「あそこは夢の国だ。いじめもない。暴力もない。諍いや憎しみもない。そして、ゴミさえない。あるのは夢や希望、友情や愛、信頼や助け合い、思いやりといった、幸せになれる良いことばっかり。人が傷つくようなマイナス要因が一切ない。
一日遊んで汗びっしょりかいて、すごく疲れるけどそれはとても幸せな疲れで、また明日から頑張ろうとか、行けばお互いが仲良くなれるとか、また来たいねとか、笑顔しかない。学年がそういう場所になったらいいよね」とそんな話をして、そのあとに「そのために、こういう学年目標を掲げるよ」と言って学年目標を掲げます。
その学年目標なのですが、私が掲げる学年目標って「全力」「継続」「思いやり」の3つしかないんです。3年間通して3つだけです。中学3年間の目標を1年生の4月に全て言ってしまいます。
教室だけでなく廊下にも目標を貼り出して、3年間でこの学年をこういう方向に導きたいというのを示して、説明しています。それが9マス目標です。
こういう形の学年目標はあまりないと思いますので、ちょっと独特かもしれませんね。
「全力」、「継続」、「思いやり」、と単純なので、子供も忘れないです。
ただし、キーワードしか与えませんが、意味はちゃんと伝えています。パッと見ではよくわからない単語でも、うちの学年の子供たちはちゃんと説明できると思います。
例えば、行事になると合言葉を創ります。子どもたちで作るスローガンとは違います。教師が意図的、計画的に与える核心的なキーワードです。
まず3年間の核となる「HAPPY×HAPPY」(ハッピーハッピー)という合言葉を学年目標と合わせて提示しました。私の造語ですが、「WIN-WIN」って言葉の「幸せ版」です。
私だけじゃなくてあなたも幸せ、あなただけじゃなく私も幸せ。みんなも幸せ。そんな活動をしようと生徒に伝えています。
例えば昨年の校外学習で川越に行く際には、ハッピーハッピーの五角形図版を示して「ハッピーダイヤモンド」を合言葉にしました。訪問する美術館などの施設の方、お店の方、バスの運転手さん、先生や班員、保護者、5者全員がハッピーになれることを考えろ、と伝えました。
そういうと、生徒は、あいさつはしっかりしよう、とか、ごみは持ち帰ろうとか、マナーを良くしようとか、自分たちで考えるんです。
自分たちで考えているから、美術館に行っても静かにするし、バスの車内でもマナーは守るし、お店でもしっかりあいさつするし、時間も決まりもよく守る。家族にも感謝してお土産を買って帰るし、私たち教員も楽しめる。
でさらに、今回の校外学習も「全力」で取り組め、一か月前からの準備も含め、それらを「継続」してやれ、当日は特に「思いやり」を大切に、ハッピーハッピーで行け、と伝え、校外学習のすべてを学年目標と合言葉につなげてしまいます。
生徒に「静かにしろ」とか細かい注意をすることはないですか?
直接的に「うるさいぞ」と注意するのではなく、「今誰が幸せだ?」と問いかけます。「おしゃべりしている君たちは楽しいかもしれないけど、周りの人はそれで幸せか?」「これってハッピーハッピーか?」と問えば、「いえ幸せではないです。」と考えて、自然と静かにするようになる。
生徒を力任せに抑えるのではなく、「どう?」「どう思う?」と問いかけて、自分で考え行動するような、そんな生徒のくすぐり方が大事だと思います。
授業も同じです。先生が気持ちよく説明できればいいよね、君たちも気持ちよく学べれば良いよね。と両者のハッピーだけ伝えます。具体的にどうするか生徒に考えさせると、「私語やめます」とか「時間守ります」、とか。じゃあそれやってごらんと促し、どう?と再度聞くと、ほかにこんなこともできます!とか子供たちからどんどんアイディアが出てきます。ハッピーハッピーへのアプローチが始まります。子供たちが自分たちで幸せな空間を創るようになるんですね。
そのような生徒たちは、卒業しても自分たちで幸せな空間を作っていけるんじゃないかなと思いますね。そんな力がいわゆる「生きる力」なのではないかなと思っています
自分ひとりでやるわけではないので、周りの先生方にもちゃんと伝えなきゃいけないと思っています。
日々生徒と接しているのは担任の先生ですので、生徒に話す内容を担任の先生にも聞いてもらって、理解していただき、その方向で行こう!と賛同していただかないといけません。
そうすれば、担任の先生の日々の語りかけも学年目標につながっていく。「今君たちがやってることは、私たちが目指す学年像としてどうなのかな?あの時三宅先生が言ってたことと合っている?」という感じで。
ありがたいのは、こんな普通でない学年目標を掲げても校長先生が理解してくださって、ある意味好きにやらせていただいていることですね。本当にありがたいと思っています。周囲の理解なしにはこんなやり方はできないと思います。
まずは、「生きがい」、「やりがい」を与えることですね。
しかし、私の場合は自己有用感というより、さらにその上のものを目指すところの「喜び」=幸せ感を味わえるようにすることが大切と考えています。
自分はそれを「喜ばれる喜び」という言葉に凝縮してキーワードとして子どもに伝えています。3年間ずっと、特に『思いやり』がテーマの3年生には強く伝えています。
自分がしたことで相手が喜ぶ。それを見て自分も幸せになる。見返りは求めるなと言っています。「やってやったのに」とか「こんだけ頑張っているのに」などの言葉は絶対使うなと。
相手がありがとうと言おうが言うまいが、自分のしたことで相手がニコッと喜んでいる姿を見ることが出来たなら、それだけで、幸せ。たとえそれが自分がしたことによることを相手が気づいてないとしても、幸せに感じられる、そんな人になろうと。
これはかなりレベルが高いことだと思います。見返りを求めない喜びですから。
これをどれだけ多く仕掛けられるかがポイントで、多ければ多いほど子どもは育っていきます。毎日狙っています。
私たちはいくつになっても、12才~15才の青春時代の真っ只中にいられるというピーターパンのような特権をもらってると思っています。
卒業しても成人式や同窓会によばれたりもするし、時には結婚式にも招待されたりして、もう何組も行きました。でもご祝儀が大変ですけど(笑)。それに、教え子たちが成人すれば、当時の思い出を肴にお酒まで飲めたりするんですよ。こんな職業なかなかないと思います。
それって、やっぱり、子どもたちと最前線で向き合ってきたからこそのご褒美なんじゃないかなと思っていて、卒業して何年も会っていないのに、突然「先生、結婚式に来てください」なんてすっごく幸せことだなって思います。
だから、若い先生方には、いくつになっても純粋に子どもたちと真っ向勝負の青春ができるはつらつ先生でいてもらいたいなと思います。課題は山ほどあると思うけど、教師になりたいと思った時の夢とか情熱とかを持ち続けられる先生でいてほしいです。自分もまだ夢の途中で、心密かに青春中です。一緒にディズニーランドのような子どもたちの世界を作れればなあと思います。
【インタビューを終えて】
子供たちにも青春をしてもらいたい、と語っていた三宅教諭。下校時、「今日もこの子は充実した一日を過ごしたんだな、家帰って飯食って寝るんだろうな、勉強もしないで(笑)」。と、疲れていても充実した笑顔で学校から帰っていく生徒たちの表情を見るのが好きとおっしゃっていました。
生徒たちへの説明の際にはしばしばディズニーランドを例にするくらいディズニーが好きで、掲示物にも隠れミッキーがよく潜んでいるそうです。
生徒たちの心をがっちりキャッチする熱い先生でした。
『目指せ!ディズニーワールド』”ディズニーランドのような学年を創ろう! ディズニーの世界観こそ学年の目指す世界” (PDF:759KB)
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