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掲載日:2019年10月4日

平成24年9月定例会 一般質問 質疑質問・答弁全文 (渋谷 実議員)

養成施設としての開校について

Q 渋谷 実議員(自民)

この内容について、初めて聞かれる方も多いです。まず、その経緯並びに事実関係について簡単に説明をします。また、この説明については、国や県の情報公開と警察の供述調書を通じて入手した資料に基づいておりますので、併せて申し上げます。
この学校の本来の設置者は、県の行政指導により、昭和41年当時、県内に一つしかなかった理容師、美容師を養成する専門学校を西部地域に設置し、社会に貢献する理容師、美容師の育成を目標にし、同学校設置を決意し、理容、美容を、基づく手続を開始しました。県担当者は環境衛生課と、各種私立学校、建築検査吏員で、学校本体の中間検査が41年11月25日にあり、確認通知書には検査が行われたが、全ての法令に合致した。そして、41年12月12日には来賓関係者と校舎落成式を行った経緯があります。(パネル提示)これがパネル1でございます。よく分かりましたか。これがパネル2の学校の写真です。
さて、その後、この方は個人で昭和41年10月18日付けで厚生大臣指定申請書を埼玉県に提出しました。これを受けた埼玉県は、申請書の内容を審査した結果、全てが各号に合致していると認められたので、41年12月20日に厚生大臣宛て進達しました。なお、この進達された申請書、41環1846号として現存しているものと某代議士も確認しております。弁護士の代議士がいたんですよね。その方が確認しています。その存在は明白であります。(パネル提示)パネル3であります。分かりましたか、総務部長。それから、これがパネル4ですね。分かりますよね。よく見てくださいよ。
しかしながら、この申請については、昭和42年2月9日付けで厚生省環境衛生局長の名義をもちまして却下されました。なお、後日却下された書類を精査すると、個人で申請したにもかかわらず、法人として申請した内容の記載があり、甚だ疑義の残る却下書が作成したことを表しています。さらに、厚生省から埼玉県知事宛てに送付された、県が42年2月15日に受理した却下書を埼玉県衛生部長は個人宛ての通知書として故意に作成し、本来の設置者に送付されているのです。先ほど述べましたが、厚生省から法人からの申請を前提にした却下書が送付されているにもかかわらず、個人宛てに通知が出された。県と厚生省が何らか工作がされたものではないかと疑念を生じます。
さてそこで、42年2月20日、準学校法人設立代表者が指定申請書を直ちに厚生大臣、作成したことになっています。しかしながら、この申請書に添付された養成施設の図面は専門家に作成させ、本来の設置者が用意し所有していたものであることが公文書開示請求によって明らかになりました。さて、このことについて生活衛生課、学事課が出席し、平成24年7月27日に開催した会議においても出席者全員で確認をし、認めております。そして、42年4月10日付け厚生大臣坊秀男から2通の理容師養成施設、美容師養成施設旨の通知がなされました。
次に、42年4月17日には、本来の設置者が県から呼び出しを受け、養成施設、「私立各種学校設置者」の建築した理容美容専門学校検査済証、すなわち県が使用許可証を、同日付けで個人が取得しました。その翌日、昭和42年4月18日、本来の設置者は各種学校の名称を東京理容高等専門学校として、この方が雇い入れた教職員と3クラスいた生徒とともに開校しました。その生徒たち、単位単元を取得して43年3月31日、立派に卒業した事実があります。当時の3枚の写真が出てきました。(パネル提示)分かりますね、検査済証ですね。
さて次に、この事実関係に関して入手した書類や、疑義が生じている部分について申し上げます。
まず、先ほど申し上げたとおり、本来の設置者が県の行政指導を受け、作成した個人としての申請書について、養成施設指定基準の各号に合致していると認められるので、規定に基づき関係書類を添えて厚生省に進達しました。その後、この申請が42年2月15日付けで厚生省が埼玉県知事に却下されているにもかかわらず、なぜ42年4月18日に学校が開校されたんでしょうか。この点について、現在、トータルビューティカレッジ川越のホームページにも、「昭和42年4月、厚生労働大臣指定、埼玉県知事認可により創立した美容師養成のための学校である」との記載があります。42年4月開校ということは事実のようですが、つまり理容師、美容師の養成施設は、もともと理容師、美容師の資格を持つ個人であれば問題はありませんが、しかしながら、個人であるこの本来の設置者による個人申請書は却下されているのです。また、当時の理容師、美容師養成、施行規則によれば、個人は、また法人であっても指定申請の手続は可能であり、設立者の履歴書(法人または団体にあっては定款、寄附行為、その他規約とする。)などを添えた申請書を、「養成施設として設立しようとする4か月前まで、当該養成施設所在地の都道府県知事を経由して厚生大臣に提出しなければならない」とされています。4か月前までに申請書を提出しなければならないという部分が重要であります。
つまり、この規則に従えば、本来の設置者個人ではない方が代表である法人が提出した申請書の日付けは42年2月21日で、申請から2か月しか経過していない。42年4月18日に学校自体を開校することは、法人の確認通知書、検査済証、設置認可、寄附行為認可等がないまま学校が開校されたことになるんです。現に、学校法人設置認可、寄附行為認可は42年9月11日付けで、されているのですが、同法人としての検査済証を取得していなければなりません。(パネル提示)これが検査済証であります。これはね、本物ですから。法人として申請するのであれば、通常、まず学校法人としての許可を取った上で申請する必要があると私は考えます。
以上のことから、この養成施設の開校は、設立設置の要件を満たしていない段階で行われたのではないでしょうか。まず、この点について知事にお伺いします。

A 上田清司 知事

先ほどパネルで示された「本来の設置者」と称する松村(まつむら)東(あずま)氏の主張については、ビラなどを通じ、私も以前から承知しております。
松村氏はこれまでに、昭和42年に設立された準学校法人の本来の設置者であるなどとの主張に基づき繰り返し訴訟を提起されておられます。
国と県に対してはそれぞれ2回、学校法人などに対しては4回、合計8回提起された訴訟は全て松村氏が敗訴されております。恐縮ですが合計8回とも敗訴です。
松村氏は「本来の設置者」と称しておられますが、平成12年に県を被告として提起した準学校法人の設置者としての地位の確認を求める訴訟は、最高裁において敗訴が確定しております。
さらに、現在も埼玉県知事を被告として私立学校運営費補助金の返還などを求める住民訴訟を提起しておられます。
その訴訟の中でもきっちりと主張をしたいと考えているところでございます。
まず、「養成施設としての開校について」でございます。
理容師・美容師養成施設の指定申請は、個人でも法人でも可能でございます。
この学校法人設立代表者の養成施設は、指定権限のある当時の厚生大臣から昭和42年4月10日付けで個人設立の養成施設として指定されております。
「4か月前までの申請」については権限のある厚生大臣が受理をし、指定を行っております。
養成施設の設立者は理容師や美容師の資格を有する必要はありません。
法人の寄附行為については個人設立なので、開校時点では当然必要でありません。
校舎の建築に関する確認通知書や検査済証については、理容師法、美容師法に基づく養成施設の指定申請の必要書類ではありません。

  • 上記質問・答弁は速報版です。
  • 上記質問・答弁は、正式な会議録とは若干異なります。

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