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掲載日:2022年1月1日

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鎌倉幕府を支えた 武蔵武士

(注)畠山重忠、比企氏については諸説あります。ご了承ください。

今月から大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)がいよいよ始まります。目覚ましい躍進を遂げ、鎌倉幕府を築いた源頼朝。そこには長きに渡り頼朝を支え続けた、武蔵武士の姿があったのです。

【問合せ】県立嵐山史跡の博物館
電話:0493-62-5896
ファックス:0493-61-1060

 

鎌倉幕府創立期

頼朝は治承4(1180)年、後白河天皇の皇子である以仁王(もちひとおう)の平氏追討の令旨を受け挙兵。当初はわずかな兵力でしたが、協力者を得て次第に兵力を拡大。文治元(1185)年、壇ノ浦の戦いでついに平氏を滅ぼします。頼朝は平氏打倒のため馳(は)せ参じた人々に「鎌倉殿(かまくらどの)」と呼ばれ、以後、鎌倉幕府の将軍を指す言葉になりました。


▲鎌倉大評定〈県立歴史と民俗の博物館蔵〉

畠山 重忠(はたけやま しげただ)~坂東武者※の鑑(かがみ)~

※現在の関東地方出身の武士のこと。勇猛で知られていた。

畠山重忠は、源平争乱から幕府創立期にかけて活躍した武将です。清廉潔白な人柄と伝えられ多くの武勇や逸話を残した武将でもあります。後世の浮世絵や錦絵、歌舞伎などの作品で多く取り上げられています。

畠山重忠の生涯

生まれ

長寛2(1164)年、秩父平氏の一族である畠山重能(しげよし)の子として、武蔵国男衾(おぶすま)郡畠山館(現深谷市畠山)に生まれる。

頼朝との出会い

治承4(1180)年、頼朝の挙兵に平氏方として参戦。当初は頼朝と敵対するが、勢力を拡大した頼朝に従うことになる。

頼朝の信頼を得て右腕に

平氏討伐のために頼朝が相模国(さがみのくに)(現神奈川県)鎌倉に入る際に先陣を務める。元暦元(1184)年、宇治川の戦い、一の谷の戦いで活躍し武勲をあげる。

北条氏に敗れ、最期を迎える

数々の戦の勝利に貢献し、頼朝亡き後も幕府を支えた重忠。元久2(1205)年、北条氏から謀反の疑いをかけられ、菅谷館(現嵐山町菅谷)から鎌倉に向かう途中、北条氏率いる大軍に敗れ最期を迎えた。

畠山重忠ゆかりの地

畠山重忠公史跡公園

深谷市

深谷市畠山は、重忠の父、重能が館を構えた地です。館跡は公園として整備され、重忠を身近に感じられるスポットになっています。


▲畠山重忠公之像


▲畠山重忠公産湯ノ井戸


▲畠山重忠墓

【問合せ】深谷市商工振興課
電話:048-577-3409
ファックス:048-578-7614

県立嵐山史跡の博物館


▲畠山重忠公像(国指定史跡比企城館跡群(ひきじょうかんあとぐん)菅谷館跡内)

菅谷館跡(すがややかたあと)の中にある、中世の城と武士を扱う博物館。菅谷館跡の主であった鎌倉時代の武士・畠山重忠の紹介や、国指定史跡・比企城館跡群からの出土品を展示しています。

【開館時間】
午前9時から午後4時30分
(入館は午後4時まで)★月曜休館
【観覧料】
大人100円、大学生・高校生50円、
中学生以下無料
【交通】武蔵嵐山駅下車徒歩15分

スポット展示

北武蔵の鎌倉武士

鎌倉時代初期に比企地域を本拠とし活躍した武蔵武士について、彼らの館跡や遺跡から出土した品を紹介。また、畠山重忠や比企氏ゆかりの地をパネルで紹介します。
【期間】1月18日(火曜日)から


▲菅谷館跡航空写真

比企氏~源頼朝を物心両面で支え続けた歴史の立役者~

鎌倉幕府の成立に貢献し、頼朝の死後も二代将軍頼家の外戚として源氏を支えた比企氏。北条氏によって滅ぼされた悲運の一族です。残念ながらあまり文献が残っておらず謎も多い一族ですが、東松山市大谷にある比丘尼山(びくにやま)をはじめ、比企氏にまつわる地名、伝承が県内に残っています。

 

一族の要

(1)比企尼(ひきのあま)

頼朝の乳母。平治元(1159)年の平治の乱で、頼朝が伊豆に流刑となった際に、米などの食料、衣類、紙などの物資をおよそ20年間送り続けるなど頼朝を支えました。また、尼の3人の娘や孫は有力者に嫁ぎ、頼朝を支えました。比企尼は物心ともに将軍家を支えた女傑といわれています。

悲運の頭領

(2)比企能員(よしかず)

比企尼の甥といわれる能員は、尼の養子となり、比企氏の頭領として活躍しました。頼朝の信頼は厚く、娘若狭局は頼朝の嫡男で後の二代将軍となる頼家に嫁ぎます。頼朝の死後は二代将軍の外戚として権勢を振るいますが、北条氏と対立。建仁3(1203)年、北条氏によって謀殺され、一族は滅ぼされました。(比企能員の変)

二代将軍の妻

(3)若狭局(わかさのつぼね)

比企能員の娘。後の二代将軍となる頼家の妻となり、嫡男一幡(いちまん)を授かります。
一幡は、「比企能員の変」で亡くなり、夫頼家は、北条氏によって伊豆の修善寺に幽閉、元久元(1204)年、北条氏によって謀殺されました。

こぼれ話

伝承では、この時若狭局は比企郡大谷の地に逃れたとされ、扇谷山宗悟寺(東松山市大谷)には若狭局が持参した頼家のものとされる位牌が伝わります。

比企氏ゆかりの地

巌殿山正法寺(いわどのさんしょうぼうじ)

東松山市

通称、岩殿観音。頼朝の命で比企能員が復興したと伝えられています。

都幾山慈光寺(ときさんじこうじ)

ときがわ町

頼朝が深く信仰した関東最古の山岳寺院。慈光寺に伝わる法華経一品経は「慈光寺経」とも呼ばれ、日本三大装飾経の一つとして国宝に指定されています。

比企の魅力を伝えたい!

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」
比企市町村推進協議会が活躍中!

比企地域9市町村(東松山市、滑川町、嵐山町、小川町、川島町、吉見町、鳩山町、ときがわ町、東秩父村)と関係団体で、地域の魅力を伝えるためにさまざまな取り組みを行っています。

鎌倉殿を支えた武士たちの故郷を旅しよう!
比企氏のゆかりの地をまとめた史跡マップを作成しました。これを見れば比企氏の事がまる分かり!ホームページ(別ウィンドウで開きます)からダウンロードできます。

QRコード

▲詳細はこちら(別ウィンドウで開きます)

 

【問合せ】滑川町総務政策課
電話:0493-56-2211
ファックス:0493-56-2448

特設サイト公開中!

比企の史跡を紹介するHPです!

比企地域には、今回紹介したものの他にも、比企氏と武蔵武士ゆかりの史跡が多くあります。ぜひご覧ください。

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▲詳細はこちら(別ウィンドウで開きます)

 

【問合せ】川越比企地域振興センター
東松山事務所
電話:0493-24-1110
ファックス:0493-23-8510

れきしクンがナビゲート!

埼玉歴史ツアー
県内ゆかりの地を巡る・埼玉の中世史

れきしクンこと長谷川ヨシテル氏とともに、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)の背景となる源平合戦から鎌倉幕府確立までの県内のゆかりの地を巡ります。源氏方の武将「木曽義仲」「畠山重忠」と、ドラマでも主要キャストとなる「比企能員」にまつわるスポットを訪問します。

【日時】(1)2月6日(日曜日) (2)2月23日(水曜・祝日)
【場所】県立嵐山史跡の博物館、鎌形八幡神社、巌殿山正法寺など
【申込】県公式観光サイト「ちょこたび埼玉」ホームページ(別ウィンドウで開きます)

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【問合せ】埼玉県物産観光協会
電話:048-871-6984
ファックス:048-871-6985

頼朝も食べた? 谷津田米(やつだまい)

里山に包まれた冷たい沼水と、昼夜の寒暖差も大きい谷津の地形を生かして作られる米は、滑川町特有の粘土質の土壌と相まって、大変おいしいお米と昔から評判です。


▲谷津田米

【販売先】JA埼玉中央滑川農産物直売所
電話:0493-56-2535
ファックス:0493-56-6273

【問合せ】滑川町産業振興課
電話:0493-56-6906

PRESENT

谷津田米(2kg)を10人にプレゼント。詳細は「クイズ&プレゼント」をご覧ください。

お問い合わせ

県民生活部 広報課 テレビ・ラジオ・広報紙担当

郵便番号330-9301 埼玉県さいたま市浦和区高砂三丁目15番1号 本庁舎1階

ファックス:048-824-7345

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