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掲載日:2018年8月20日

埼玉ゆかりの偉人/検索結果(詳細)/奥原 晴湖

検索結果(詳細)

偉人氏名

奥原 晴湖

氏名よみがな

おくはら せいこ

偉人氏名(別名)

東海 晴湖

別名よみがな

とうかい せいこ

主な功績

女流南宋画家・「垂楊桃花」ほか

分野

芸術

ゆかりの市町村名

熊谷市

出生地

茨城県

主な居住地

熊谷市

生年(西暦)から 没年(西暦)

1837から1913

生年(和暦)から 没年(和暦)

天保8年から大正2年

功績

慶応3年(29歳)上野摩利支天横町に住居し、南宋画を学び、晴湖と号した。
また、学問、書道、武芸にも励み、多くの文人墨客と交わって、女人とは思えぬ存在となった。特に明治2年4月には時の内大臣木戸孝允公が住居を訪ね、晴湖の後援者となったため晴湖の名声はいやが上にも上がった。明治5年11月8日には宮中に召され天皇、皇后両陛下の御前で揮亳の栄を賜った。
やがて西洋文明が堰を切って流入する如く天下を満延し、水墨画の古典主義は次第に押され節を曲げない晴湖は、東京に失意を感じ閑寂な地を求めて熊谷に転住した。
晩年の20余年は、完成期の代表作がほとんど熊谷で描かれ、近代の地方文化面で晴湖が熊谷地方に及ぼした影響は大きいものがあった。

関連ホームページ

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著書・作品(出版社・収蔵館)

『垂楊桃花』ほか 奥原晴湖画集

参考文献(著者・出版社)

『奥原晴湖』(稲村量平)、『奥原晴湖先生伝』(舞原東海述)、『明治初期の日本画』(石井柏亭)、『奥原晴湖』(村松梢風)、『奥原晴湖』(山口平八、)『奥原晴湖画集』(昭和8年藤懸静也編)

ゆかりの場所・名称

  • (1)龍淵寺
  • (2)晴湖画室跡、奥原晴湖終焉之地の碑

ゆかりの場所・住所

  • (1)熊谷市上之336
  • (2)熊谷市上川上591

ゆかりの場所・説明

  • (1)晴湖の墓(県指定文化財)、奥原晴湖君之碑がある。
  • (2)画室「繍佛草堂」は、古河市へ移築された。

ゆかりの場所ホームページ

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お問い合わせ

県民生活部 文化振興課 文化振興担当

郵便番号330-9301 埼玉県さいたま市浦和区高砂三丁目15番1号 第3庁舎1階

ファックス:048-830-4752

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