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掲載日:2020年6月24日

埼玉ゆかりの偉人/検索結果(詳細)/大久保 喜一

検索結果(詳細)

偉人氏名

大久保 喜一

氏名よみがな

おおくぼ きいち

偉人氏名(別名)

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別名よみがな

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主な功績

埼玉県初の洋画団体である「坂東洋画会」(現、朱麦会)を結成した。

分野

芸術

ゆかりの市町村名

熊谷市

出生地

児玉町

主な居住地

熊谷市

生年(西暦)から 没年(西暦)

1885から1948

生年(和暦)から 没年(和暦)

明治18年から昭和23年

功績

児玉郡金屋村(現本庄市)の中林喜三郎の五男として生まれた。14歳の時に小鹿野町の大久保家の養子となり、明治39年、東京美術学校(現・東京藝大)西洋画科本科に入学、黒田清輝らの指導を受けた。そして明治44年の卒業制作では「乞食」(熊谷市指定文化財)が卒業制作中の第一席を受賞。卒業後の大正4年、福島県の私立石川中学校に図画教師として奉職、翌年の第10回文展(現・日展)に「山里」が初入選し、中央画壇でも活躍を始める。大正7年に熊谷中学校(現・熊谷高校)へ転任すると、翌年には県下初の洋画団体「坂東洋画会」(現・朱麦会)を結成し、中心となって指導にあたるなど、芸術文化の普及活動にも力を注ぎいだ。その後も帝展(現・日展)に「実験室」(熊谷市指定文化財)「小春日和り」(熊谷市指定文化財)「机上フラスコ」などが入選、白日会会員・鑑審査委員・理事として会の中枢に位置して作品を出品するなど、精力的に活動した。昭和23年に63歳で亡くなったが、自身の作品の実績と後進への教育普及活動の貢献などから、昭和27年には熊谷市文化功労者として表彰された。

関連ホームページ

熊谷デジタルミュージアム 「大久保喜一」 http://www.kumagaya-bunkazai.jp/museum/ijin/ookubokiiti.htm

著書・作品(出版社・収蔵館)

『大久保喜一画集』 大久保喜一画集刊行会

参考文献(著者・出版社)

『大久保喜一画集』 大久保喜一画集刊行会

ゆかりの場所・名称

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ゆかりの場所・住所

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ゆかりの場所・説明

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ゆかりの場所ホームページ

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お問い合わせ

県民生活部 文化振興課 文化振興担当

郵便番号330-9301 埼玉県さいたま市浦和区高砂三丁目15番1号 第3庁舎1階

ファックス:048-830-4752

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