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知事ブログ 知事の太鼓

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掲載日:2016年5月27日

知事ブログ 最新の一打

知事イラスト

日々の公務の中で感じたことを日記形式で発信していきます。
ブログへのご意見・ご感想を以下のメールアドレスにお寄せください。

a2840-32@pref.saitama.lg.jp

いただいた意見を参考に、より面白いブログにしていきます。

5月31日(火曜日)の一打「スペシャルオリンピックス」

5月28日(土曜日)、「スペシャルオリンピックス日本・埼玉」の記念セレモニー「『15年のあゆみにありがとう』の祝の会」に参加する機会を得ました。スペシャルオリンピックスとは、かの有名な故ケネディ大統領の妹さんでありますユニス・シュライバーさんが提唱して設立された、知的障害のある方のための国際的なスポーツ組織です。
ユニス・シュライバーさんは、生涯をかけてこのスペシャルオリンピックスの全世界への普及に取り組まれました。知的障害のある方がスポーツを通じ、あるいはスポーツのトレーニングを通じて、それぞれの持つ可能性をしっかりと見出し、そして才能を発揮する、更にそのための機会を提供していくという取組を各国で展開し、4年に一度、世界大会も開催しています。
15年前、このスペシャルオリンピックスの県内組織が結成されました。アスリート350人、スタッフ、コーチ、ボランティアなどを含めるとすぐ1,000人ぐらい集まる大変すばらしい組織です。
知的障害のある方の中には、運動神経の優れた方もいらっしゃいますし、必ずしもスポーツが得意でない方もいらっしゃいます。その誰もがスポーツを楽しみ、スポーツを通じた仲間づくりやコミュニケーションづくりを展開して、そこから社会の一員として力を得ていく。そうした仕組みの中にこの組織のすばらしい存在価値があります。
ボランティアの皆さんも、スタッフの皆さんも、コーチの皆さんも、知的障害のある方々が持つ秘めた才能を見た時、改めて人間の可能性というものを知ることになるそうです。
知的障害のある方自身が学ぶだけではなく、それを支える人たちもまた何かを学ぶ。このスペシャルオリンピックスに結集する皆さんは、まさしく学び合いの世界を知っておられます。
私もそうしたことを学ぶチャンスを与えていただきました。私も「ありがとうスペシャルオリンピックス」ということになります。

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5月30日(月曜日)の一打「日本人はどこから来たのか?」

国立科学博物館人類史研究グループ長である海部陽介(かいふ ようすけ)氏の著書『日本人はどこから来たのか?』を読みました。遺伝子などの考察から、現生人類が現在の東アフリカのタンザニア辺りで、10万年前もしくは20万年前ぐらいに誕生したことは既に定説化しています。そして5~6万年前からヨーロッパやアジアへと移動し、さらにその後、2万年前ぐらいから北アメリカや南アメリカへと移動したことが遺伝子的あるいは考古学的に証明されて定説化しています。

この人類が日本列島に到達したのは3万8000年前ぐらいではなかろうかと言われていますが、海部氏の著書では日本人が形成されるプロセスの中で、ヒマラヤの南回りと北回りのグループがあって、やがて日本列島で遭遇した可能性があるという説が展開されております。台湾・琉球列島と南方から渡ってきた航海術が得意なグループ、朝鮮半島から対馬を経由したグループ、北海道ルートで入ったグループ、この3グループがあるようだとの分析です。こうした日本人のルーツ探しの分析について大変興味深く拝読しました。

そもそも論からいくと、なぜ人類が東アフリカで誕生したのかということを考えたりもします。例えば、日本であれば川を鮭が上ってくる、あるいは海岸線でワカメや貝や小魚を採ることができる、そして森林ではドングリなどを採ったり、小動物を捕まえたりすることができます。ところが東アフリカのサバンナでは、鮭が上ってくることはあり得ないし、巨大動物と闘うのも大変だったのではないかと思います。

そうした疑問を解決する本を3年ぐらい前に読んだことがあります。『BORN TO RUN』という本です。走るために生まれたという意味の本でありますが、実は哺乳類の中で一番長く走る能力を持っているのは人間なのだそうです。ほとんどの動物は100mを10秒以下で走るのが当たり前で、カバですらも100mを10秒で走ることができますが、ふつう人間はそこまで早く走ることはできません。しかし、人間には長時間走る能力があり、今でもメキシコの高地民族の中には1日に200kmや300km走り抜く人たちがいるそうです。

馬にしても全力で走る時にはとても速いわけですが、ダービーなどを見ていても全力で走った馬は直ぐ息切れをして、続けて走ることができません。つまり、長時間走ることが得意な我々の祖先は、多分、動物をリレー方式で追いかけて、動物が息切れしてよろよろしたところを石でゴツンとやって、それを食べて生きてきたのではないかと思います。上田仮説です。どんなものでしょうか。

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5月27日(金曜日)の一打「オバマ大統領の広島訪問」

本日、米国のオバマ大統領が被爆地の広島を訪問することが、大きな話題になっています。その前に伊勢志摩で開かれる先進国サミットがかすみそうなほどです。

人類史上初めて、核兵器による大量殺りくという悲劇が起きてから70年余りが経ちました。米国の大統領が初めて広島を訪れることは、正にオバマ大統領が唱える「核兵器なき世界」を方向付ける大きな一歩になるかもしれません。

そもそも米国の原爆投下に問題はなかったのかという議論があります。武器を持たない民間の人々の命を一瞬にして奪ってしまう兵器が使われること自体、「使用してはならない戦術を規定したハーグ陸戦条約に違反している」という認識が一方にあります。他方、米国側に立てば、「さらに多くの兵士を戦死させることなく戦争終結を早めた、平和の構築を早めることができたという意義があった」という議論もあります。

日本では、原爆投下について米国を批判したり、恨みがましく謝罪せよと唱える世論は、多くありません。むしろ、この悲惨な結果が、将来の世界の平和に何らかの形で役に立つことこそが大事だという認識が一般的です。ゆえに、オバマ大統領も広島を訪問できるのかもしれません。日本が謝罪だなんだと言っていれば、米国の立場もあり、とても訪問は実現できなかったのではないかと思います。日本国民の大きな心というのは、これは世界史的には珍しい、私はそう思っております。

一方でオバマ大統領が就任間もないころ、チェコで「核なき世界」の必要性について演説したそのことの意義を評価され、ノーベル平和賞が授与されています。就任8年目になった今、このノーベル平和賞に値するような成果を残すことができたのかと問われると、私は必ずしもそうとは思えません。ゆえに、オバマ大統領としては、この広島訪問を一つの成果にしたいのかもしれません。

そうだとしても、米国の大統領が初めて広島を訪問し、戦争の悲惨さや核兵器の脅威を世界に訴える意義は大きなものがあると思いますし、正しくオバマ大統領の政治的レガシーにつながるものだと思います。オバマ大統領の決断を大変喜ばしいものだと私は受け止めています。

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5月26日(木曜日)の一打「ホセ・ムヒカ ウルグアイ前大統領」

「世界の人口の1%を占める富裕層が所有する富の合計は、世界の残り99%の人々が所有する富の合計よりも多くなった。」今年1月、イギリスの飢餓救済団体「オックスファム・インターナショナル」が地球規模で広がる格差の現状を明らかにしましたが、その一端を垣間見る驚くべき事実が判明しました。

中米パナマに拠点を置く法律事務所から流出した資料「パナマ文書」です。タックスヘイブンを使った巨額の課税逃れ、そのリストには企業だけではなく、世界の首脳やその親族なども含まれているといいます。名前を明かされた首脳や各界の指導者たち。辞任に追い込まれた者、弁明に躍起となる者、沈黙する者。その国によって振る舞い方は様々ですが、国際世論の疑惑は深まるばかりです。

「貧しい人とは、少ししか持っていない人のことではなく、際限なく欲しがる人、いくらあっても満足しない人のこと」、これは南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカ氏が、2012年の「国連持続可能な開発会議」で行なったスピーチの一節です。給料の大半を寄付し、自らは農場に暮らす清貧ぶりから、称賛を込めて「世界で一番貧しい大統領」と呼ばれる彼の言葉は、世界中の人に大きな感動を与え、同時に行き過ぎた資本主義と消費社会への警鐘を鳴らしています。

このムヒカ氏の生き方については、いろいろな考え方があるでしょうが、確かに極端な富の格差は社会的摩擦を生み、結果として社会的リスクが高まります。また、格差是正のための行政需要が増し、ゆえに政府は税金を上げざるを得なくなり、それがまたまた税金逃れのためにタックスヘイブンなるものを探して歩く富裕層を増やします。そういう情報を巧みに使う富める者と、貧しき者の格差は、ますます開くばかりになってくるのです。

そこそこの富の格差、一億総中流などと言われる社会こそが、リスクが少なく、摩擦の少ない、それゆえに格差是正や治安維持のためのコストも少ない良い社会ではないかと言われています。日本はかつて、そのモデル的な国だと言われておりましたが、いつの間にやらそうではなくなってきたところに今日の課題があります。何とかしなければと私もいつも思っております。

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5月25日(水曜日)の一打「6次の隔たり」

この4月まで放映されていたNHKの連続テレビ小説「あさが来た」で、大阪経済界の基礎を築いたと言われる五代友厚(ごだい ともあつ)が登場しました。埼玉県出身で「日本資本主義の父」とも言われた渋沢栄一(しぶさわ えいいち)翁とともに、「東の渋沢、西の五代」とも言われるほどの経済界の重鎮です。この五代友厚ですが、意外にも本県の熊谷市と縁があります。

文久3年(1863年)、薩英戦争でイギリスの捕虜になった五代は、幕府の通訳を務めていた清水卯三郎(しみず うさぶろう)の助けを受け、清水の親戚である現在の熊谷市四方寺の吉田六左衛門家に潜伏したそうです。慶応元年(1865年)に名誉を回復した五代は、薩摩藩の遣英使節団の一員として、寺島宗則(てらしま むねのり)や森有礼(もり ありのり)らとともに欧州各地を巡り、ベルギーのブリュッセルでは貿易会社設立の契約にも調印したそうです。この契約時の経験が、後の彼の経営手腕に大きな影響を与えたと言われています。その際、相手方の通訳を務めていたのも熊谷市出身の斎藤健二郎(さいとう けんじろう)という人物で、この時のことは記憶に残る対面として五代の伝記などに記されています。

郷土の偉人である渋沢栄一翁と並び称され、我が国の経済の基礎を築いた一人と言われている五代の若き日の窮地を救ったのも、その研さんの場に立ち会ったのも熊谷市の出身者であったというところが、なかなかの縁です。現在、熊谷市にお住まいの方の中には、五代と直接会い交流があった方の子孫に当たる方がおられるはずです。歴史上の人物が意外に身近なところでつながっているという点では大変興味深いことです。

アメリカの心理学者スタンレー・ミルグラムが検証した「6次の隔たり」という理論があります。「6人の知人を連鎖的にたどれば、世界中の人々とつながる」という話です。広いと思われた世界も実は狭く、知人を介して世界中の人々と結びついている可能性を示唆しているそうです。

私も人に会ったりするのが仕事ですが、いろいろ話をしているとお互いに知っている友人知人が多いことに驚きます。互いに知らない人となると、その数十倍、数百倍になるでしょうから、まさしくこの心理学者スタンレー・ミルグラムの言うところの「6次の隔たり」で、知らない内に世界中の人とつながっているのかもしれません。多くの方と交わっていると、更に多くの方と縁ができるということであります。そうした縁を大事にしたいものです。

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5月24日(火曜日)の一打「報道の自由度ランキング72位」

180の国・地域の中で、日本の「報道の自由度ランキング」が72位だという記事が5月21日の週刊東洋経済に掲載されていました。国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)が、この4月に発表した「報道の自由度ランキング」の話です。

耳が痛いのかマスメディアは、このランキング自体をあまり報じていませんが、日本は2010年の11位から年々ランクを下げていて、2016年は前年比で11ランクのダウンです。ちなみにこの72位前後の他の国々はどんな感じかというと、アフリカ諸国や南米諸国が同レベルでありまして、G7ではイタリアが加わるくらいの感じですので、民主主義大国であるはずの日本の順位としては恥ずかしいような感じがいたします。

ランキングに関連して伝えられている記事からは、国谷裕子(くにや ゆうこ)、岸井成格(きしい しげただ)、古舘伊知郎(ふるたち いちろう)3氏のキャスター降板、高市早苗(たかいち さなえ)総務大臣が番組の公平性を理由に放送局の「電波停止」を命じる可能性に言及したことなどが、今回の大幅ダウンの理由になったように思われます。

同じく記事によれば、国境なき記者団が日本の報道の自由に厳しい評価を下すのは、第2次安倍政権が2013年12月に特定秘密保護法を成立させていたことにも原因があるそうです。同法施行後、政権の機嫌を損ねぬようマスメディアが自己規制していると、国境なき記者団は考えているようです。このような厳しい評価に対して、記者クラブ制度や再販制などの既得権に守られたマスメディアがどこまで反権力的であり得るのかという、そもそもの疑問を呈する声もあるようです。いずれにしても、政権と報道の関係の在り方について考えさせられるランキングでした。

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5月23日(月曜日)の一打「通訳泣かせ」

ある時、訪米した日本の大臣が「貴国と日本は縁が深い。日本では貴国を米国と呼び、日本の主食は米である」と発言して、通訳の方を困らせたという話があるそうです。

私にも記憶があります。日本と米国中西部9州の企業経営者や知事が相互交流を図る「日本・米国中西部会」で挨拶した時、いろんな話をしながら、「いまいち」であるということを「日光の手前」と日本語で言いました。今は日光市の一部になっている今市にかけた言葉遊びのつもりでした。通訳の方が困ってしまって、とりあえず皆さんに「笑ってください」と同時通訳してくださいました。皆さんが笑っているので、これはうけているものだと私は思ったんですが、実は通訳の人が笑うことを頼んだから笑っていただけでした。

このように、翻訳する適当な言葉がない場合もあれば、同じ発音が全く異なる意味になってしまう場合もあります。インド南西部のトゥル語で「カレル」と言うと、「肌についた、締め付けるもののあと」という意味らしいです。日本語では「枯れてしまう」という意味であります。また、湾岸戦争当時の日本の首相のカイフ(海部)という名前が、アラビア語で「臆病者」という意味であるということで、当時、話題になったことを記憶しております。

いずれにしても、こうした発音と言葉の意味が偶然重なって、難しい話になったりすることもありますし、また日本語でも、なかなか説明ができない言葉があります。

私たちが自然に使っている「しとしと」や「ザーザー」といった擬態語、「もったいない」や「おもてなし」、「木漏れ日」といったような言葉も外国語に訳すことは難しいと言われております。したがって「OMOTENASHI」とか「MOTTAINAI」のように、日本語がそのまま英語になっているようです。

言葉はそれを使っている集団が長い時間をかけて培ってきた固有の感性を反映しています。まさしく文化の一つと言えます。このため異なる集団間で共有することが難しいということが言えるかもしれません。

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5月20日(金曜日)の一打「リケジョ高校生の快挙」

早稲田大学本庄高等学院の女子生徒の研究チームは、蚕が食べる桑の葉の中に植物の宝石と言われる「プラントオパール」を確認し、その分布を調べた論文が国際的専門誌「Flora」に掲載されたそうです。この研究は、文部科学省からスーパーサイエンスハイスクールに指定された同学院の女子生徒たちが、2010年から卒業論文のテーマとして始めたものです。

オパールは宝石として装飾品に使われるケイ酸鉱物ですが、一部の植物では水と一緒に取り込んだ土中のケイ酸イオンを表皮細胞などに蓄積し、ガラス状細胞体を形成します。これが正に「植物の宝石」とも言われるプラントオパールです。

地元で盛んだった養蚕に使われていた「一ノ瀬クワ」を同校で継続して研究していたところ、2013年当時の女子生徒が光学顕微鏡で桑の葉の表面に丸くて透明な鉱物を発見したそうです。そこで、その鉱物を特定するため、スーパーサイエンスハイスクールの運営指導員を務める東京大学物性研究所の松田巌(まつだ いわお)准教授に詳しく調べてもらったところ、その鉱物がプラントオパールであることが判明したそうです。

リケジョの高校生が桑の葉に植物の宝石を見つけた話です。まさしく植物から鉱物が取れる話です。土中の鉱物を吸収した植物から鉱物を採取するという方法で、日本が大資源国になるということも、あながち夢物語というわけではないのかもしれません。

鉱物は非常に硬く、ケイ酸などごく一部の例外を除いて水に溶けることがないため、植物が根から吸収することはできないと一般的には考えられているようです。しかし、火山灰で覆われた土中には相当な鉱物が含まれていますので、痩せた火山灰地に育ち、食べ物にもならないような植物の茎や葉っぱに、すばらしい鉱物が吸収されている可能性も全くゼロとは言い切れないのではないでしょうか。さらに、最新のバイオ技術で非常に吸収力の強い植物の品種をつくることも考えられないでしょうか。

日本の国土に眠る無尽蔵な鉱物をバイオ技術が掘り起こしてくれる、何とも夢のような話ですが、私はそれがいつの日か可能になるのではないかと想像しています。しかも近い将来に。

実験に使った桑の葉

プラントオパール

5月19日(木曜日)の一打「蜷川幸雄さんについて」

彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督である蜷川幸雄(にながわ ゆきお)さんが12日にお亡くなりになりました。大変残念です。平成18年に芸術監督をお願いして以来、まさしく「世界のニナガワ」として、卓越した企画力と大胆な演出で多くの舞台芸術作品を世界に発信していただきました。

シェイクスピア全37作品の上演を目指す「彩の国シェイクスピア・シリーズ」は、5月25日(水曜日)から上演される「尺には尺を」が最後の演出作品となってしまいました。残すところあと5本というところまで迫ったところで、残念でなりません。この他にも、55歳以上の高齢者による「さいたまゴールド・シアター」、次世代の俳優を育てるための「さいたまネクスト・シアター」の結成など、人材の育成や高齢者の可能性、人生そのものを演技の中で引っ張り出すという見事な演出もなさってこられました。文化勲章も受けられ、まさしく埼玉県が生んだ偉大な芸術家でした。

シェイクスピアの海外公演が本家本元のロンドンで大好評を博したり、「さいたまゴールド・シアター」の皆さんがパリ公演で名を上げたり、何よりも国内の様々な演劇集団にすばらしい刺激を与え続けてこられました。告別式で弔辞を読んだ平幹二朗(ひら みきじろう)さん、大竹(おおたけ)しのぶさん、吉田鋼太郎(よしだ こうたろう)さん、小栗旬(おぐり しゅん)さん、藤原竜也(ふじわら たつや)さん、いずれも当代の人気俳優ですが、ある意味では蜷川さんとともに歩み、また育てられた俳優とも言えるかもしれません。今売り出し中の若手の中にも、何人も蜷川さんの舞台からスタートした人たちがいます。蜷川人脈とも言ってもいいぐらいのすばらしい人脈がここにあります。

蜷川さんはお亡くなりになりましたが、蜷川さんのレガシー(遺産)は劇場に、そして私たちの心の中に強く残っています。この「蜷川レガシー」をどう守り、あるいはまた、どう発展させるか、私たちはしっかりと考えて行動していきたいと思います。

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5月18日(水曜日)の一打「埼玉のうどん・そばにハズレなし」

そば専門誌の発行責任者の方からお話を聞きました。埼玉県は、そばとうどんの店の合計が東京に次いで全国で2番目に多く、約2300店もあるそうです。確かに、埼玉県は経済産業省の工業統計調査でもうどん・そばなどの和風めん出荷額は全国1位でありますし、加須市などは全国トップレベルのうどんの店が数多くあるところでもあります。

こんな話を聞くと、既に亡くなられた作家の司馬遼太郎さんの話を思い出します。司馬遼太郎さんは取材で地方に行かれて、昼飯の時は原則カレーライスか豚カツだったと聞いております。その理由を同行の方などから聞かれると、「カレーライスや豚カツでは、特別うまい時はあるけれども、特別まずいということがないからだ」と、つまりハズレがないからだと答えていたそうです。もし、司馬遼太郎さんが武蔵武士団の活躍などを題材に、埼玉県に来られることがあったなら、「うどんでもそばでもハズレなしですよ」ということを私は強調したかったと思います。

私は友人や知人にもいつも話していますが、「埼玉のどこの市町村に行って、どのお店に入っても、そばやうどんを頼めば、大当たりはあってもハズレはないですよ。大変美味しくて、量も多く、値段も安いですよ」とそんなことを話しています。是非、お試し頂きたいと思います。埼玉のそばやうどんは、本当にハズレがなく、美味しいことを県民の皆様にも知って頂きたいし、県外の皆様にも知って頂きたいと思います。

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