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掲載日:2014年12月25日

ご当地コバトンの旅日記~深谷編~

深谷ねぎとコバトン

白鳥(深谷市)とコバトン

今回のご当地は、埼玉県を代表する特産品「深谷ねぎ」のふるさと 深谷です。
深谷は、「日本近代経済の父」と言われる渋沢栄一の出身地として知られ、その史跡が多く残されているほか、埼玉B級ご当地グルメ王決定戦で優勝経験を持つ人気のご当地グルメ「煮ぼうとう」も有名。
1月21日(水曜日)。少し寒い日でしたが、深谷ねぎ入りの煮ぼうとうで温まるのを楽しみに、深谷のあちこちを巡ってきました。

まずは今回のご当地 「深谷ねぎ」の畑へ

最初に今回のご当地「深谷ねぎ」の畑に行きました。青々としたねぎが一面に広がる様子はとてもすがすがしくて、コバトンもご機嫌に。
ねぎ畑での記念撮影を終えた後に向かった「道の駅おかべ」では、立派な深谷ねぎがたくさん売られていました・・・。
こちらの道の駅にはそのほかにも新鮮な野菜がたくさん。車で行かれる方は美味しい農産物をお土産にするのもおすすめですよ!

深谷ねぎの畑とコバトンのぬいぐるみ

青々と立派に育った深谷ねぎ。市内のあちこちにねぎ畑が広がっていました。

渋沢栄一ゆかりの史跡めぐり

深谷市血洗島(ちあらいじま)や下手計(しもてばか)付近には渋沢栄一に関連する史跡が随所に見られます。主要な史跡には解説員の方がおり、渋沢栄一と各史跡のゆかりや、その生涯について丁寧に解説してくださいます。皆さんも、訪れた際にはぜひ解説員の方の説明を聞き、渋沢栄一をより身近に感じてみてください。

誠之堂(せいしどう)・清風亭(せいふうてい)

誠之堂・清風亭はともに元来、東京都世田谷区の第一銀行の敷地内に建てられていたものを現在地に移築復元したものです。
誠之堂は、大正5年(1916年)、渋沢栄一の喜寿(77歳)を記念し、渋沢栄一が初代頭取を務めていた第一銀行行員たちの出資により建築されました。
深谷市内に所在する日本煉瓦製造株式会社で焼かれたレンガを使用した英国農家風の建築で、大広間等の窓には中国風の題材を基にした美しいステンドグラスが施されています。誠之堂の名は、儒教の代表的な経典「中庸」の一節にちなみ渋沢栄一自らが命名。国の重要文化財にも指定されています。
清風亭は、大正15年(1926年)、当時第一銀行頭取であった佐々木勇之助氏の古希(70歳)を記念し、誠之堂同様、第一銀行行員たちの出資により建築されました。佐々木氏は大正5年に渋沢栄一の後を継ぎ第2代頭取に就任、渋沢栄一を終始補佐した人物として知られています。清風亭は白壁に鼻黒レンガや黒いスクラッチタイルのアクセントやベランダのアーチなどが特徴のスペイン風の建築様式で、埼玉県指定有形文化財に指定されています。

誠之堂と清風亭 誠之堂のステンドグラスとコバトンのぬいぐるみ

写真左:手前が誠之堂、奥に見える建物が清風亭。
写真右:中国風のステンドグラス。美しく精巧で、洋風の外観にも良く調和していました。

渋沢栄一記念館

この記念館は、研修室や調理室、多目的等を備えた総合施設。その一角には渋沢栄一に関する資料を集めた資料室があり、解説員の方とお話をしながら資料の数々を見て回ることができますよ。

渋沢栄一記念館

渋沢栄一の社会福祉活動のルーツ 「鹿島神社」

美しいしめ縄が目を引く鹿島神社。こちらの神社には大きな欅(けやき)の木があり、かつてはその根元に湧いた神水(井戸水)を利用した共同風呂が設けられていました。渋沢栄一の母・えいが、この風呂でハンセン氏病を患う女性の背中を流したと伝えられています。「日本近代経済の父」という側面に光を当てられることの多い渋沢栄一ですが、この母の慈悲の心を受け継ぎ、終生社会福祉事業に尽力。身寄りのない子どもや老人を養う養育院の院長を56年間務めたほか、医療福祉施設の設立・運営、法整備等、多方面に渡り精力的な活動を行いました。

鹿島神社とぬいぐるみのコバトン 鹿島神社のケヤキの木とぬいぐるみのコバトン

写真左:歴史を感じさせる大きな木々、立派な鳥居や拝殿が印象的。拝殿の扁額は、渋沢栄一の揮毫によるものです。
写真右:今は朽木として残る大欅。

旧渋沢邸「中の家(なかんち)」

渋沢栄一は現在の深谷市血洗島の出身で、養蚕や藍玉の生産・販売のほか雑貨屋・質屋業も営む裕福な農家に生まれました。渋沢栄一は、幼少の頃から論語を学び、近隣に住む従兄(後に義兄)・尾高惇忠(あつただ)のもとに通っていました。渋沢栄一が論語を学びに通った中の家から尾高家までの約1.3kmの道は、「論語の道」と呼ばれています。

渋沢栄一の生家 渋沢栄一生家の展示物とぬいぐるみのコバトン

中の家主屋(写真左)とその内部(写真右)。

待ちに待った煮ぼうとう

渋沢栄一ゆかりの史跡を訪ね歩き、おなかが減ってきたところで楽しみにしていた煮ぼうとうでお昼ごはん。お店は旧渋沢邸「中の家」のすぐそばにある「藍屋(らんや)」さんにしよう!!と決めていたのですが・・・。
なんと定休日!!!

藍屋(煮ぼうとうのお店)とぬいぐるみのコバトン

風情ある店先でしょんぼり記念撮影・・・残念。

次に向かったのは深谷駅前のキンカ堂にある「手打ちうどん 麦ん子」さん。美味しい煮ぼうとうで身体が温まりました。
藍屋さんも麦ん子さんも深谷市観光協会の「煮ぼうとうマップ」で探したお店。ぜひお出かけ前にで気になるお店を探してみてくださいね。
深谷市観光協会の「煮ぼうとうマップ」のページ

煮ぼうとうのセットとぬいぐるみのコバトン

煮ぼうとうのセット。ごちそうさまでした!

「レンガのまち深谷」を散策

深谷駅舎

深谷駅舎は、平成8年(1996年)、日本煉瓦製造会社の煉瓦が東京駅に使用されたことにちなみ、東京駅をモチーフにして建設されました。この駅舎は「レンガのまち深谷」を標ぼうする深谷市のシンボル的な存在となっています。

深谷駅舎

あかね通り

JR深谷駅から日本煉瓦資料館・ホフマン輪窯(現在公開はされていません)まで4.2kmに渡って続く「あかね通り」。煉瓦の製造がさかんだった当時、深谷駅まで貨車輸送した線路跡を遊歩道として整備したものです。自転車・歩行者の道を分ける花壇には煉瓦が使われ、四季折々の花木が楽しめるように配慮されています。

あかね通り(深谷市)とぬいぐるみのコバトン

深商記念館(二層楼)

埼玉県立深谷商業高校は、あかね通りと国道17号がぶつかる地点にあります。校内に入ってすぐのところにある「深商記念館(二層楼)」は、大正時代の建築技術の結晶。現存する唯一の木造校舎として知られ、登録有形文化財に指定されています。現在は授業には使用されず記念館となっているそうです。

深商記念館とぬいぐるみのコバトン

ぜひ、みなさんも深谷へ

深谷の町並みとぬいぐるみのコバトン

ご当地巡りの第4弾、いかがでしたでしょうか。深谷ねぎ畑にたたずみ、県で最も有名な偉人の一人である渋沢栄一に触れ、煮ぼうとうとレンガの町深谷を堪能した一日。みなさんもいろいろなお店の煮ぼうとうの味めぐりや道の駅でのお買い物を楽しみながら、深谷の魅力に触れてみてください

深谷市観光協会のホームページ

埼玉の偉人・渋沢栄一についての情報

お問い合わせ

県民生活部 広聴広報課 魅力発信担当

郵便番号330-9301 埼玉県さいたま市浦和区高砂三丁目15番1号 本庁舎1階

電話:048-830-3192

ファックス:048-824-7345

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