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要介護者の口腔ケア

はじめに

口腔内常在菌の危険性

口腔内衛生管理は看護の領域では口腔ケアと呼ばれ、高齢者・要介護者の誤嚥性肺炎予防の観点から、その重要性が認識されつつある。しかし、口腔衛生 管理の意義はそればかりではない。

1、口腔衛生管理の効用として期待されること
  1)虫歯や歯周疾患を予防し、よく噛んで食べるための条件を整える
  2)口腔内のぬるぬるした汚れを落として、味覚が鈍くなるのを防ぐ
  3)口腔内に刺激を与え、唾液の分泌を促し、自浄作用を増強する
  4)毎日定期的に手指を動かすことによって、リハビリテーション効果を期待する
  5)食欲を亢進させることにより、体力増強を助ける
  6)口臭をなくし、積極的に隣人と接する条件を整える
  7)身だしなみに気配りを払う意識を保つ

2、口腔衛生管理が必要なケース
  口腔衛生管理が自分で満足に行えない人はすべて対象となるが、特に以下の状況では介助が必須となる。
  1)手指の機能障害が重度
  2)意識障害がある
  3)重症で体力がない
  生命の危機があるときを除いて、口腔清掃はたとえ経口摂取していなくても必要である。

介助磨きをおこなっているところの図

口腔衛生管理の重要性

口腔内細菌の危険性

 人の口腔内には300種類を超える細菌が常在する。これらの菌は口腔内では殆ど病原性を発揮しない。しかし、これが他の臓器に移ると、しばしば病 原性を示す。弁膜症患者などにおける抜歯後の亜急性心内膜炎などはよく知られている。老齢者の肺に誤嚥された口腔内細菌も同様に肺炎を生じさせる。
舌運動不全により嚥下反射が誘発されないまま食物が流入したことによる誤嚥の図

誤嚥性肺炎とは

 咳反射を伴わない誤嚥、すなわちsilent  aspiration(不顕性誤嚥)が起きると、肺や気管支に口腔細菌や細菌が付着した口腔粘膜が流入し肺炎を起こす。これが誤嚥性肺炎である。誤嚥性肺 炎の病原菌は、グラム陰性棹菌のうち口腔特有の嫌気性棹菌が最も多い。従って、進行した虫歯や歯槽膿漏でぐらぐらになった歯が放置されていたり、残ね状態 で周囲に膿が付着している歯が残っている状況は極めて危険である。しかも、これが日常ありふれた口腔内所見であることは、身近に要介護高齢者をみている人 にはおわかり頂けることであろう。肺炎で死亡する人の92%が65歳以上の高齢者であることからも誤嚥性肺炎の危険性がわかる。誤嚥は特に病気に罹患して いない高齢者でもみられる。口腔衛生管理が必要なのは要介護高齢者ばかりではない。
              

口腔衛生管理の基本

口腔衛生管理の基本は口腔内細菌のコントロールにある

口腔内細菌は口腔粘膜や舌など至るところに存在するが、主たる細菌巣はプラーク(歯垢)中にある。歯冠部プラークの水分を除いた有機成分の80%以 上が細菌で占められ、重量1gあたりの細菌数は約100億個である。

口腔衛生管理の手段

1、ブラッシング法
 プラークは歯面に付着している。粘り気があるので、綿でこすったくらいでは容易に取れない。口腔内では強力な薬剤も使用できないので、歯ブラシで機械的 にこすり落とすことが中心になる。これがブラッシング法である。

2、洗口法と清拭法
 全身疾患の急性期や症状が悪化した時期には消毒薬による洗口法や、巻綿子などで汚れをふき取る清拭法も適応となる。

口腔衛生管理が必要な理由

1、口腔内が不潔であるという自覚や清潔にしようとする本人の意欲が減退する
 意識障害や注意力の障害があると、口腔内の汚れの自覚が乏しくなる。この場合歯磨き指導をしても効果が上がらない。

2、普段から十分歯磨きができていない
 歯磨きが自立している場合も、実際は十分磨けていないことが多い。要介護状態になる前から汚れの取れる磨き方をしていなかったのである。急にきちんと 磨くように求めても無理である。

3、手指の機能障害のため介助が必要なケースが多い
 さまざまな疾患の後遺症として手指の運動機能障害がみられ、高い巧緻性を要求される歯磨き動作が満足に行えない。この場合、自分でできる限りのこと をした後、介助磨きが必要である。

4、口腔衛生管理はなおざりにされやすい
 口腔内は外から見えにくい事もあって、なおざりにされがちである。本人からの訴えがないと周囲も気付かないまま劣悪な状態が続くことになる。

自立と介助

自分でできる部分はそれを生かす。時間がかかるなら、時間をかけても良い。機能障害がある患者では、意欲がなくなり依存傾向が強いことが多い。これ を放置すると、さらに機能が低下していく。できないことだけ介助するのが原則である。

介助用品

手指に機能障害がある人のための工夫

自分で口腔ケアを行う意欲があっても、機能障害のためにできない場合は、機器の工夫が有効である。うまく利用することによって口腔清掃が自立でき る。

1、歯ブラシの加工
 1)柄を握りやすくする工夫
   握力の弱い方のために握りを太くする。レジンなどを添加して、丁度良い太さに調節する。小児用で握りの太い製品が
    市販されていて、利用出来る。
 2)歯ブラシを曲げたり、柄を伸ばす
   最近の歯ブラシは、首のところをバーナーなどで加熱すると容易に曲げることができる。慢性関節リウマチの場合、 関節の可動範囲に合わせて歯ブラシを曲げたり、リーチャー(長い棒状の介助具)などに歯ブラシの柄を取り付ける。こうすると歯磨きが自分で行えるようになる。
歯ブラシの加工図 リウマチ患者の歯ブラシの工夫をした写真

2、電動歯ブラシの使用
 手指の細かい運動が困難な人に適している。上肢機能障害1〜2級で、普通の歯ブラシの使用に困難をきたす場合は、
電動歯ブラシが給付される。ともすれば電動歯ブラシには過大な期待がかけられるが、普通の歯ブラシがある程度使える
人でないと電動歯ブラシも使えない。歯面に毛先を当てて保持できなければ効果がないからである。

 電動歯ブラシは、むしろ介護者の疲労を減少させるのに役立つものである。この場合も、毛先が歯面に当たっている
ことを確認しつつ使用しないと、歯肉に損傷を与える。
 最近は電動歯ブラシも種類が増えてきた。本人に握りやすい太さであること、振動に耐えられること、替えブラシの入
手が容易であることが選択のポイントである。残存歯が孤立歯である場合は小型の丸いブラシが回転するタイプが効果的
である。

口腔清掃の介助と手技

立位の場合

立位で歯磨きをする人は機能障害の程度が軽い。通常は介助を必要としない。指導は対面するより並んで鏡に向かって行う方が理解しやすいようである。 介助をする場合、立位は背後を支えるものがなく、姿勢が不安定である。座位をとらせた方が良い。

座位の場合

自立:通常は車椅子に座って歯磨きをする。車椅子は背板や左右の側板があり、ブレーキさえかけておけば体が倒れることもなく安定している。車椅子で 洗面台に向かうと、口の位置が低すぎる。蛇口が遠いので、洗口にはコップを用意しておかなければならない。

介助:車椅子の場合はそのままでよい。布団やベッドに座っている場合は、背当てなどで倒れないように支える。車椅子の場合は後ろから頭部を抱えるよ うに腕を廻すと、しっかり支えることができる。布団やベッドの場合は、後ろに廻れないことが多いので、前面からアプローチする。歯ブラシは力が入り過ぎな いように、また隅々まで細かい操作ができるように、必ずペングリップで持つ。これが介助磨きのポイントである。軽い圧で、1〜2歯単位で同じ箇所を20回 くらいずつ磨く。これを全歯列について行う。時間もかかるし(慣れても15分はかかる)、介助をする人も疲れる。どうしても斜めから覗き込む姿勢になるの で、腰が痛くなる。介助される人も長時間口を開けていると疲れるので、一気に完璧なブラッシングを目指さないことである。歯磨きをすると、刺激で唾液分泌 が盛んになる。よだれが気になる時は、前掛けをしたり、首にタオルを巻いておく。
座位での介助磨きの図

ファーラー位の場合

自立:疲れやすい場合や、姿勢の保持が難しい場合はベッドの上半身部分を45〜60度挙上したファーラー位とする。体がずり落ちないように注意す る。コップに満たした水で歯ブラシを洗いながら歯磨きを続ける。口元の汚れはティッシュペーパーやタオルを手元に用意して拭く。

介助:ベッド上では、アプローチが遠くなりやすいので、なるべく手元に寄ってもらう。転落の恐れがあればガードしておく。咬合平面が水平になるよう に枕を入れたり、手を添えて頭部を起こす。歯ブラシはペングリップで保持し、力を入れすぎないようにする。自分から遠い側の歯磨きは患者の体に覆いかぶさ るような姿勢になるので、顔だけ介助をする人の方を向いてもらうと随分楽に行える。唾液分泌は多くなるが、飲み込んで差し支えない。気にするようであれば ティッシュペーパーで拭き取るか洗口させる。洗口する際は、ガーグルベーズンを利用する。歯磨剤を最後に使用して一通り磨き、歯磨きを終える。片麻痺の場 合で嚥下障害のある場合は、麻痺側に水分が流れると誤嚥を起こしやすいので、健側を下にした側臥位をとる。

注意:脳卒中片麻痺患者の場合、運動麻痺と共に感覚麻痺もある。従って、万一麻痺側の腕が下になった場合でも痛みを覚えないので危険である。
ファーラー位での介助磨きの図

セミファーラー位の場合

自立:体幹を保持することは難しく、上半身を30度起こしたセミファーラー位しかとれない状態では、歯磨きの自立は難しい。

介助:仰臥位は誤嚥を起こしやすい。頭の下に枕を入れて、少しでも頭部を起こす。手技はファーラー位の場合と同じである。介助に際して無理な姿勢に なりやすい。嚥下障害のあるケースも多いので、口腔内の水分はガーゼで吸わせるようにするか、頭部を横向きにして排出しやすいようにする。
セミファーラー位での介助磨きの図

口を開けてくれない場合:無理に開口させようとすると、歯を脱臼させることがある。意識障害のある場合は専門家に相談する。歯ブラシを入れると強く 噛みしめてしまうこともある。歯磨きを怠っていた後によく見られる過敏の状態である。この場合、最初からきちんとした歯磨きをしようとせず、脱感作から試 みる。即ち、口腔への刺激に慣らすことから始める。咬まれないように注意して指を口腔前庭に入れ、最初は口唇の緊張がとれるまでそのままおく。これを何度 が繰り返し、緊張が取れたら除々に動かして歯肉に軽いマッサージを試みる。指にさわやかな味や香り(例えばレモン味)の液体をつけてマッサージを行う。 マッサージの刺激で唾液が出てくる。口が潤ってくると摂食の準備にもなる。

義歯の取り扱いと清掃法

義歯の取り扱い方

義歯は毎日清掃しなければならない。夜間は水を張った容器に入れて保管する。義歯は通常プラスチック製であり、乾燥させると歪みが生じる。

1、部分床義歯
  通常はクラスプ(義歯を維持するためのバネ)がついているので、変形させないように取り扱う。入り組んだ部分の汚れがとれにくい。

2、全部床義歯
  クラスプがないだけ扱いやすい。堅い床に落とすと割れるので注意する。施設など集団生活で義歯を取り違える恐れがある場合は、義歯に名前を入れ てもらうとよい。

義歯の清掃法

1、義歯用ブラシ
  義歯の清掃には、普通の歯ブラシの硬めのものでもよいが、義歯清掃用に考案されたブラシが市販されている。

2、吸盤付きブラシ
  片麻痺患者は吸盤付きブラシを用いると一人で義歯の清掃ができる。

3、義歯用洗浄剤
  汚れがひどいとブラシでこするだけでは清掃できない。義歯洗浄剤を使用すべきである。多くの製品が市販されている。
吸盤付きブラシで義歯を洗っているところの図

患者・家族指導のポイント

環境を整える

効果的なブラッシングは快適な環境で落ち着いて行わなければできない。短時間では健常者でも無理である。立位でブラッシングできる人は、洗面所で鏡 を見ながら、健常者と並んで歯ブラシの動かし方を確認するとよい。

重点磨き

患者は疲れて最後まで磨けないことも多いので、最後まできちんと磨けないのなら、少しでも効果的な歯磨きができている最初の時間を有効に利用する。 毎回磨き始める部位を変えると、何度目かの歯磨きで一通りきれいになる筈である。

ながら磨き

テレビを見たり、ラジオを聞きながら歯を磨くと、長時間のブラッシングも耐えられる。活用するべきである。

タイミング

就寝前の口腔ケアが最も重要である。就寝中に細菌数が増加するからである。

目標設定

目標設定はスモールステップとする。少しでも向上したら褒めることである。達成感を味わうと意欲がわいてくる。高すぎる目標は達成しがたく。また歯 磨きの場合は、自立・介助を問わず力が入って、歯肉に損傷を与えてしまい、翌日から触れないほどの痛みとなる。これでは逆効果である。

注意:歯磨きをすると多量に出血する人は、通常は歯肉の炎症によるものである。最初は驚くほど出血するが、少しずつでも続けること。血友病など出血 傾向のある人は歯磨きをしなくても、歯肉からじわじわと出血が見られる。歯磨きをしなくても歯肉出血のみられる見られる場合は精査を要する。
割り箸を咬ませて開口を保っているところの図

まとめ

 寝たきりになると、本人も家族も目の前のことにかかりっきりになって、それだけ精一杯になる。入院した病院にたまたま歯科があると、これから先、 歯が痛んだり、腫れたりすると困るから抜いて欲しいと、家族からも本人からも依頼される現状は、大変残念な事事態である。寝たきりになって、にわかに口腔 衛生指導を行っても効果を上げられない。若年からの指導が根付かなければならないと痛感する。さらに、口腔衛生管理が必要とされる現場に、歯科の専門家が 殆ど関わっていない事態は大変残念である。


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